障礙尊者 障碍尊者
10月11日13時に記す。
宝の杖が、私の立つ前方の地面に突き刺さっている。
これを拾って周囲の人間に示そうと思う。
これを引き抜いて空に掲げると、足元の地面が隆起した。
私は転倒したが、周囲の人間の影が見当たらない。
「周囲の人間」が、最初からいなかったのである。

妙法空義の天月は、尊いので動かしてはならない。
然れば、地球は乱れよう。
譬えば、名利を求める者が毒蛇を探し、それを見つける。
上機嫌のままに掴み方を誤り、かえって毒蛇に噛みつかれるように。

durgṛhīta, duggahita (過去分詞: 誤って掴んだ・誤って把握した-こと)

中論24章より (Mūlamadhyamaka Kārikā 24:11)
vināśayati durdṛṣtā śūnyatā mandamedhasam 
sarpo yathā durgṛhīto vidyā vā duṣprasādhitā 

中部22経より (Alagaddūpama Sutta)
Seyyathāpi, bhikkhave, puriso alagaddatthiko alagaddagavesī alagaddapariyesanaṃ caramāno... So tatonidānaṃ maraṇaṃ vā nigaccheyya maraṇamattaṃ vā dukkhaṃ... Taṃ kissa hetu? Duggahitattā, bhikkhave, alagaddassa.

※表題の"daṇḍa"とは、杖のほかに鞭の意味もある。共に、武器として他者を罰する力を有す。本文でも、杖を悪しく用いて自ら身に報いを受けたシーンがあり、「罰する力」を見る。"ratna"についても、宝という意味で、単語としては仏法の異名(仏教全般に信仰される三宝や中世日本文学作品の宝物集などの用例)である。Ratnadaṇḍa = 「仏法による罰・仏罰」という具格(or属格)の限定複合語(Tatpuruṣa)ともなり、巧い掛け合わせである。古代の人々でないと読み取れない含意ではなかろうか。

http://www.youtube.com/watch?v=fj6htvINwH0