普通
本日の動画→http://www.youtube.com/watch?v=n0lNH-VZhb4

普通ってなんだったかな・・・

自分に普通な頃が本当にあったっけ・・・?
あの時代さえも、本当に普通だったの・・・?
私は何を不満に思って普通じゃないと感じているの・・・?

・外に出ることのない生活
・欠けた家族、狂った感情(離婚、失踪、知的障害、痴呆老人、みんな頭おかしい)
・買って間もなく狂い、壊れるのではないかと懸念されつつ3年持ってるPC

PCは私の生活に最も関わってる存在だと思う。
これが壊れたら買い換えればいいのだろうけど、今の状況からそれはムリだね。
PCの挙動が、購入時やそれからの数ヶ月間と比べて著しく悪化している。

注意!
※以下、2014年3月15日に書いた文章で、最近と状況が少し違う※
("最近の活動で評価できる" の部分などがモロ錯誤状態)


まあ、普通云々の話を抜きにしても、今年に入ってからは調子が上がらなかったり、気分が沈んでいたり、色々と自分の力の限界は感じている。
年々行動力が殺がれているが、今年はより一層その性質が強まってると思う。
最近の活動で評価できるのは、3月11日に約一ヶ月ぶりの外出をし、特に明るい時間帯を選んだことぐらいか。
外出自体控えめだった中で、昼に外出した点は高評価。

色々と停滞してきているね。衰退の始まりか。
-進む停滞、衰退の兆し-

3月14日早朝、寝る前に携帯で書いていた詩「長い眠り」
また長い眠りに就くのか
昨日の睡眠時間と変わらないのだろうか
これで貴重な時間を、また無駄にしまくっちまう
どうせ無駄になるなら、長い眠りより永い眠りの方がいいな
それなら時間の無駄じゃないね
いっそのこと、そうなった方がいいかもしれない

まともに、音楽制作や絵の練習、英語の勉強とか色々すべきことがあるのに、やらないか、やっても少しかじったほどでやめてしまう状態が続く。
その怠惰の根底にあるものは「何をしても見えない妨げが介入し失敗を招く」という発想だ。
どうせ頑張っても、今までの人生経験から努力や能力に相反する結末ばかりが訪れることを理解しており、今回だって制作練習勉強、どれをとってもいい結果がないと思う。

それを知っている身として、「どうせ、どうせ」という強い先入観が付き纏う。
苦痛や努力相応の見返りや対価というものを、望んではならないのだろうか。
苦労した分、弱くなる、泣いてきた分、脆くなる。
今更後戻りなんてできないね。まあ実際にこれで泣いたことはないんだけど。


やる気出ないね、けだるくて、この倦怠感を消し飛ばす方法はないのかな。
例えば、何か、一定の努力で成功する保障があって、それでいて俺が凄くやりたいというか、是が非でも成功させたい、って気にさせる何か。
音楽制作は全てフリー環境でキーボードなし、お絵かきも紙とペン、スキャナーにフリーソフトでペンタブなし、英語の勉強はYouTubeで英語の動画にAutomatic Captions機能オンとか英語の音楽を聴いて歌ったりしてどうのこうの。
と、あまりにも粗末な環境。
これで上手くいくと思えないけど、なんだかんだ楽しいと思ってる部分もあるし、マイペースに、気楽にやっていっててあまり上昇志向はない様子。

畢竟、あらゆる面で客観的に見て普通でなく、これからも一般的見地から普通と言える状態になることは到底ないと結論付けられる。