枚方市 出張

母親は、3月末~4月をまたいで約1週間、京都・大阪に出張するそうだ。
かねがね弟にはこのことを伝えていたが、私は未だ聞かされずして知り得たのも、独自調査によるところ。
今回は「不明な出張」を中心に据えて、近頃の不可思議な動向を追求する。

3月6日朝、1階リビングのテーブルの上に蜜蜂のイラストが描かれた紙を見た。
印刷されたと思しき黒い線と、本人がペンで黄色く塗り絵をしたようだ。
随所に英単語3つが綴られた黒い文字なども印刷されたものであろうか。
この英フレーズは母親の某所有アカウントのユーザー名に使われているものだが、完全一致検索をしてもそんなフレーズを他に使ってる人間はいない。
2単語が某バンド名と被るが、当人がそのバンドの楽曲を聴いてることもない。
私としては、「意味のない羅列」というようにしか思えないそれ。

近頃・・・今週は月曜日より、元々どういう勤務状況か与り知らない母親の仕事の不可解さに磨きが掛かっていた。
この3月6日金曜日に至るまで、通常の出勤が見受けられず。
薬剤師の資格について論じた矢先に、もはやあの仕事も辞めてしまったか。
他人に合わせて緩急自在なる私の生活様式も、ある時より昼夜逆転は自重して、朝6時過ぎに起きるよう努めていたが、平日家に居座られると飯も炊けないのであった。
同週は月曜日以降、3月6日の昼にサトウのごはん解禁させるまでは一粒の米も口に入ることはなかった。

それもこれも、年度末の弟の早い帰宅も加味して、母親の不可思議な動向が、多少の影響を与えている。
その最中、スキを見て火曜日の昼に入浴できたことは不幸中の幸い。

同日昼前、母親が2階で電話する声、仄かに聞こゆ。
暫時、聞き耳を立ててみたところ、「アイパッド」なる単語が。
爾時、近日の不可思議な動向と重なった気がした。
思えば3月3日火曜日の22時、雨が降りしきる中に母親より年下気味の中年女性の相合傘で帰宅してきた(家の前で暫しの間立ち話してから別れた)。
徒歩で以て誰かと帰ってくることは見たことがないようなものだ。
大体、通常の出勤は自動車である点も含め、この週は2度も歩きで他所へ行ったこと自体が不可解である。
「アイパッド」とは無論、"iPad"のことであり、それを契約して購入しようという点も窺い知れた。
話し相手は・・・どこかのお客様相談室か?



同日16時過ぎ、私はこの紙の黄色い部分は本人の塗り絵か否か、並びに近頃の動向の実相も調査したく、母親が自動車でどこかへ赴いた折に2階へ上がった。
母親の部屋で見たもの・・・「いつもの机上の空論」と一蹴したくなるような、1階の部屋のイラスト同様に蜜蜂の線画や、母親には遠い世界の単語と表が疎らに書かれた紙の数々(チラシの裏で10枚近く)である。

あの母親の掲げる理想と、現実への整合性がとれないことは今までも多くあった。
それは「メモ帳:新聞購読の是非」にも参考程度に書いているので参照されたし。
http://lesbophilia.blogspot.com/2014/12/blog-post_27.html

何を思って、このように絵や謎の単語と表を書いてみせたのだろうか。
蜜蜂の線画に関しては、何も細かさはないタイプのイラストを必要以上に大きく書いていた。
私の絵の練習記事等を御覧の諸君がご存知の通り、私はA4サイズの紙に、小さく色々とあのような絵を描いているが、この類の絵ならばそれほど大きく書かなくてもよい、そう思うのは私が単に貧乏性だからであろうか?
遠い世界の単語・・・回りくどい説明となったが、「何かお店でも開きたいのか」というような、メニュー看板・品書きを想定したようなものである。



もう少し調べたく思い、次はPCをつけてみた。
あの母親も、PCとはネット閲覧以外の用途には乏しいようであるが、IEの履歴を見ると案の定、「カフェ」系統の検索ワードやサイトへのアクセスが多々見受けられた。
まだ不可思議な挙動に心当たりがある、3月5日木曜日はアマゾン等の注文した品々が頻繁に届けられた上に(不在込み述べ4回)、とある1回には配達品も段ボール箱3個に上ったことも。
時間が経って届けられたものを見回すが、母親が家で使うには些か多めなエプロン数点、蜜蜂などを模った謎のアイテム等々・・・・・・
この時にも「何を企んでいるのやら」という訝しさが沸いた。
調査を通じて記憶がまた繋がってきた。

つらつら履歴を覧るに、「アイパッド」関連も・・・
そして複数の描画ソフト公式サイト等にもアクセスしていた。
蜜蜂のイラストに関する検索も多かったが、これらも一括りにできる。
iPad(ミニなどとも検索してた)で以て蜜蜂のイラストでも描きたいのか。
描画ソフト使用を視野に入れるなら当然、PCと接続するペンタブの方が良いはずなのだが・・・
いずれにせよ、お絵かきの用途であれば、私が当人不在中にそれを用いて絵を描けることともなれば、願ったり叶ったりかもしれない。

だが、iPad等のタブレット端末など、まともな使い方をした試しがあるか。
2012~13年にAmazon Kindleを購入しても、電子書籍など本人には結局遠い話、小説・文学はおろか、漫画も父親と比べ全く興味のない母親には無用の長物。
よって、3つあるKindleのひとつを、知的障害の弟の暫定的なネット閲覧用に与えたこととなる。
上「メモ帳:新聞購読の是非」をまたもフラッシュバック、相変わらず母親はこんなことばかりで、今回もか?



「机上の空論」と形容するしかないカフェ開業(業務用の車両についても検索してた)も、最初こそ「これは多分母親自身が開業するために調査してるのではなく、誰かへの助太刀のためだろう」と思いたかったが、母親がそんな親身に接してる知り合いなど、私が生まれる前は元より、母親の人生史上にいるはずなどない
ましてや、冒頭でも書いたが「京阪」地域には親戚も誰もいない。
母親の仕事上の出張や旅行自体、関東方面(お盆の墓参りなど)が主立っている。

京都には、2月22日の日曜日に日帰りで用事があったようである。
お土産として買ったものは、事前に何も聞かされてない私は2月23日に「豊橋駅構内にそういうショップでもあってそこで買ったのか」と踏んだが、実際に調べてみると京都駅構内土産店のレシートを発見した。
本当に日帰りで京都へ移動したようだ。
その日のことが、果たしてこれからある出張とどう関連するかは疑問が残る。
唐突な日帰り出張(?)の事実を知った時は、とにかく驚く他なかった。

こうして母親の外出を尻目に、穏便且つ機敏な探索を17時までに済ませた。
ここまでの全文は、同日17~18時を以て書き終えた。
以下からは反映日までに余る後日に補足するのだろうか・・・



3月6日21時、私はまたリビングに安置された段ボール箱について調べ直した。
ここまで書いてなかったが、箱は当初(5日夕)計8個ほどであった。
誰もいないスキにひっそり箱の数の計測と、一部のみ体感で計量した。
未然に「意外と軽い」という母親の感想を小耳に挟んでいたが、確かに図体の割には軽いものも多かった。
この時は一つも開封されていない。

5日の21時過ぎには半数以上の段ボール箱は、既にカッターで裁たれており、箱の形でなくなったものはおろか、リビングにもゴミ一時保管場所にもない。
それらの段ボール箱の中身は行方を知れず、残されたものが遥か上述のエプロン等である。
これは6日21時なおも変わりなくリビングに安置されている。
6日16時過ぎの母部屋探索の折にも、残りの箱や中身の行方を追うだとか、目ぼしい変化を求めていたわけだが、やはり関連するものは見当たらず。

ついでに初めの蜜蜂イラストについても見返した。
黒い部分は「印刷された」というものではなく、普通に油性ペンである。
黒い部分が油性ペンで、黄色い部分も水性ペンと見受けられる。



3月7日14時前、母親はひっきりなしに玄関の内外を動き回った後、徒歩でどこかへと向かった。
これを受けて私は、トイレ中に色々思索を巡らせた。

まず、当初からの疑問があるのに書いてないことがある。
京都・大阪方面の出張をメモしたカレンダーには都市単位だと「枚方市」のみ特記されているが、この枚方市での目的とは何であろうか?
大阪市何区でもなく、「枚方市」のみ特記されていることが大きく心残り。

もう一点、思えば3日の夜、誰か別の女性と家の前で、駅の方向への道に背を向けて立ち話をしていた場面の前は、駅の方向から歩いてきたようにしか思えない。
母親が家に入る折、この女性は駅の方向に踵を返さず、そのまま進行方向へ突き進んだところを見ると、我が家の付近に住んでいる人間だろうか?
他所から来た場合、また駅へ戻るはずで、その時間は営業時間内でもある。
結局、カフェ関連の人物か、普段の仕事関係・・・同僚であるかも知れず。

なお、14時20分過ぎには帰ってきたが、事前に弟に「遅ければ三時(15時のこと)」と伝えていたので、やはりとも言うべきであったか、コンビニに行っていた。



3月7日18時過ぎ、母親のメールを覗いてみた。
どうも、3日の夜の女性は他称「二人で女子会」なるものの帰りのようだ。
現職場の同僚と思しき人物Uさんとのメールにてそれを知り、女性の名はSさん。
カフェ関連の人物ではないことはおろか、現在の職場の人間であることもわかったが、それもまだ定かではないと私は思っている。
同僚の名が記載されているであろう母親が所持のタイムカード(シフト表?)を、再び見つけ出せば答えは得られる。



3月10日は弟が7時半に登校したことを期に、近日の母親動向から推測、スキを見計らい風呂に入ることにしたが、実に一週間ぶりとなった。
風呂には今月より入る機会に乏しかったのも、母親が仕事に行かなくなったことが原因である。
9時過ぎ、リビングでドライヤーをかけて髪を乾かしていた。
入浴中でさえもあの母親の足音がしていて、警戒を最大にしながら洗顔なり済ませていた矢先、ある程度髪が乾いた頃合に案の定1階へ降りてきた。

リビングのドアを母親が開ける直前に、私はいつものように声を上げた。
「いつも」というのは、リビングにいる私の存在を示す時である。
決まって「脅かさないでよ~」と笑いを含んだ不満げな返事をするのが鬱陶しい。

この母親はAmazon大量購入の3月5日、1度目の佐川急便が朝10時に来た際、寝ていて訪問に気付かなかったが、私はその日7時頃には起きていた。
その方は3度もインターホンを鳴らしたにも拘らず、である。
今時には配達の者も、勧誘等の者も、大概は1度きりで去る中、2度はおろか3度鳴らす者はそうそういないが、それでも母親が2階から降りて応答せず、何の物音さえしなかったあの時、仕事もないから惰眠を貪っていたに他ならない。
ならば、本日3月10日も怠惰に12時頃まで眠り続ければよいものを。

呆れた行動に振り回される私も、佐川の人も、気の毒であろう。
これまでの同じ職場の人間も、勤めてすぐ辞めることの繰り返しであるあの母親に驚愕を禁じ得ないことは言うまでもない。
薬剤師の資格の記事においても「職を転々としてると、相手に『長続きしない人、すぐ辞める人』と思われてしまう為、採用されづらくなるのに、あの母親は過分なまでに容易く再就職できる」と私は綴った。
この資格あらば、そんな現実より、資格という強いパスがあることの方が訴求性を持っており、現実の問題を無視して軽薄に採用する無能な雇用者が・・・
だが、その無能な人たちのご苦労によって私はメシが食える、と言っても、母親が仕事してないことが「メシ=ご飯、一粒の米」さえ食えないことに間接的に影響してることは、当記事の上部に既述してるでしょう。

この髪を乾かす中の遭遇の時になって、始めて母親から口頭で「3月のぉ、29日からぁ~」と呆れた言葉が放たれたので、すぐに遮断して「関西に出張するんだろ」と返しても、耳が遠く聞こえないそうなので、もう一度同じことを言い直した。
例に漏れず「よく知ってるね!」と、うわ言を連ねた。
一事が万事すっとぼけた輩に、内心で溜息を吐いた。



今この文章を書いてる3月10日10時、西の空は晴れてる中、豊橋に雹が降ってきたが、数分続く程度のもので、終盤をピークとして驚くほどすぐに止んだ。
外に一瞬だけ出たが、手が異常なまでに冷えた。
融けた雹は路面を多少濡らしたが、それも雹が止んで間もなくして陽が射し、数分で目立たなくなる。
数瞬の内の幻のようであった。驟かに冰の降りつるを・・・
動画を撮ったが公開しない代わりに、動画内のフレームを加工して載せる。
検索するまで、「霰」という単語がまるで浮かぶことがなかった。

豊橋 雹 霰





今回のメモ帳更新の告知

3月8日投稿 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/03/blog-post_98.html
3月12日予定 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/03/blog-post_12.html

いつものように告知して、

いつものように誰も見ない。


という、いつものように無駄なコーナーでした。ご愁傷様。



ついでに一点、3月9日より思うことがあるが、あの母親はまたまた今月中に、購読していた新聞を解約したのではないかという疑問が浮上する。
近頃、家に新しい新聞紙が入ってこないこと、1Fリビングにソファ下に積まれている紙面は3月1日付けが最後であり、更に、3月7日16時に新聞配達をしてるらしい男性が、我が家に集金か何かの用事で訪れたこと・・・
もしこの3月7日頃に解約したのであれば、2014年12月中旬の契約より3ヶ月も経ってないことになり、またあの母親の「掲げる理想と現実への整合性が薄い」という私の持論の説得性が強まることになる。

俄かに、解散総選挙で与党批判した政党に憧れを懐くのはいいが、本来どういう政党か存じ上げないまま衝動的に購読を始めた愚鈍さが露見した。
その機関紙も母親が望む方向ではなく、連日一面で扱われる話題は、若い頃に学生運動などでヤンチャしてた現在高齢の人らが中心に展開する、農協・労働関連の抗議と沖縄米軍基地移転関連の抗議であり、母親の関心などがあるはずもない。
私としても物騒でしかないので、それらの殺伐とした話題は敬遠しているが。
尚且つ、特定の政党を支持・批判する思想も持っていない。

何にしても、あの母親に最初から掛けていた疑念は、案の定的中した。
私の持論は常に正論であるから、誰人の否定も誤謬に他ならない。
アチラの記事的に言えば「当人に聞き出す気概を持ち合わせてない」私は、当人に直接この旨を問い質すことはないので、未だ真偽の程は定かでない。

より穿った見方且つ単刀直入で、発言を忌避したい発想がある。
あの母親は「深刻な人格障害」を持っているのではないか。
仕事もすぐに辞めるのは悪業のせいかとも思えるが、生来趣味もなく、一貫性もない人間なところなど、見ていて甚だ腹立たしい。
それにからっきし気付く様子もない以上・・・そう言いたいが、認知症祖母の頃からあの母親にも「認知症」の猜疑心を懐いていたではないか。
ただ、この新しい発想は、分析した例がかなり異なるため、「認知症」とは別物なのは明瞭な違いを持つ。
認知症疑惑を生んだ例というのは、小さい挙動を指しているが、今回の発想=疑惑は行動に対する期間の長さにもっと大きな差がある。

またも仕事を辞めた挙句、関西に目的不明の出張もとい、苟もカフェ関連という噴飯物の動機なら、ただの「放蕩」に家族も職場も振り回されたことになる。
このように弊害がある問題は、解決の必要性も充分に存在するだろう。
やはり「こんな母親が元凶で、本人曰く『3人とも知的障害児』になったのだろう」という数ヶ月前までの常套句も正論といえる。