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5月5日・こどもの日に託けて、私という子が改めて両親の問題を忌憚なく綴る。
母親は自分で育てているはずの植物の水遣りさえ怠って子供に任せようとするような、信念のない人間だ。
3月中の一連の不審な動向の内の「辞職」より未だ仕事を始めないどころか、去る5月3日に弟から「仕事しないの?」と問われ、「家で出来る仕事だから」などと嘯いていたが、これは4月24日の雄○関連と繋がるかは不明。
5月5日は14時頃に起床したと思われる母親が、焦りながら「水遣り!やった??」と弟に問うていたが、勝手な独善のために他人を縛り付けることはやめよ。
外での仕事がないからこそ、そのライトな趣味にもっと注力すべきが道理である。
GWとて、子供を酷使するような方針は即刻悔い改め、己の無責任さを自覚すべし。

ライトな趣味としてそこそこ長めに続いている園芸(水やるだけ)も、この体たらくであるが、より壮大な領域においては俄かに始まり俄かに終わることを過去にも論ってきた。
それが去年末解散総選挙に発端して今年3月上旬に解約された「しんぶん赤旗」購読問題や、同2月22日京都日帰りを発端とし3月末の関西1週間出張キャンセルに終息した「カフェ」関連
無責任に無節操さを混ぜ、人を巻き込む悪辣さであろう。

母親について同様の例は枚挙に遑なくも、強いれば2015年2月27日のメモ帳記事でも話題にした「青いセキセイインコ脱走(逃飛)」などが好例に挙げられる。
飼われる経緯とは突然で、2004年頃に北浦和サティ(現:イオン)に同行した帰路にて、「それ何?」と手に提げられた大きな袋について訊くと、「セキセイインコを買った」と返された。
この当時、私はセキセイインコという種別さえ知らなかったようだ。
当然その返答にはキョトンとしたことだろうが、今まで何も話されず、一緒にいたはずのペットショップ内でも購入のやりとりにさえ気づけなかったことにも疑問が残った。

そして脱走の時について克明に上リンク記事に綴ってある。
買い始めて1年半ほどのことだったはずだ。
この通り飼われる経緯もいなくなる経緯も俄かに起きてしまい、短期間の内にその始まりと終わりが完了する。



インコの件やその昔を振り返ってみるに、この間断の無い節度の無さに私は辟易しているのだが、父親も当時まあ生きた心地がしなかったと拝察する。
故に、休日は毎日喧嘩という日常の光景も必定なることか。
父親にとり憤懣やるかたない心境はあっただろうし、今の私には肯ける。
「だが大局的に見れば、結婚という一世一代の決断で早計にして吟味せぬまま悪妻娶りし父親にも非がある」、という私見については後述いや、過去記事にて。

今では判然としている母親の異常性・自覚できない鈍さも、小学生の頃は素朴な疑問ほどに止まっていた。
幼少期のこのモヤモヤな心情について、過去にも綴ったことと覚えている。
それも霧散、もとい氷解した今では別の疑問も生まれた。
このような異常性の原因・・・母親はその因子を汲んでいるのである。
これについても過去記事で散々書き綴ったに違いない。
母親さえ強く根を持ち、憎める祖母の若かりし頃から今に至るまでの過去。



それとなく私が覚ったのは2014年7月に母が祖母介護に関連して退職した時だ。
続く2015年に入ってから親戚・会った記憶もない25・6歳の従兄が心臓発作で夭折した件で確信に至った。
あの祖母の粗悪な因子が先天的な虚弱体質をなし、後天的に不幸を頻発せしむ。
ただ、先天的な虚弱体質というものは、私とその従兄で共通の祖父たる九蔵さんが57歳にて亡くなったという事実の方が強い要因であるといえる。
あの九蔵さんは、幼い私に母から「3歳頃死んだ」旨を聞かされていたし、後々の墓参りなどをもって情報が定着するが、実際に「57歳」という数字を知ったのは、今年3月30日に初めて祖母(元:上の弟)の部屋に置かれた仏壇を調べた際、位牌の裏にその享年が刻まれていた。

後天的な不幸に関しては、多くの過去記事で散々書き綴ったであろうが、当記事にて特筆すべきことは、虚弱体質に起因して夭折した従兄、あの婆さんの魔の性質を増長させ生を授かった上の弟、軽度知的障害に自閉症を合併した下の弟ら。
私自身に至っては、ネット来・常に語り続けていた万事、端的に言えば虚弱体質と知的障害などを僅かに持ち合わせている。
その万事は、1歳よりの頭頂部左のハゲが全てを語り、明示してくれている。

祖父の死因は不明だが、従兄の弱い心臓と同じく、実は私自身も小学生の時に「左軸偏位」の名を聞かされた。
またまた浦和区時代の話だが、当時「大成駅」と呼ばれていた現在のニューシャトル・鉄道博物館駅を下車してどこか診療所にかかった記憶がある。
仄かにこの時の記憶が残っていることに、大きな意味があるだろうか。
3月末より「心臓の状態が不審」と自覚できる違和感があった。
それについては、生死に関わるような悪化もありうるかと案じていたが、今月に入ってからは治まっている。
今後も大事に至らぬことを懇願する次第である。



総論として、母親は志操堅固ならずとも、としこおばさん仕込みの奸智の深さにより、若いときには怪しい集いや悪い男に惑わされることは無かった。
寧ろ、奸智のおかげでもなく、単に人との交流を避けていただけと見ることもできる。





当記事の執筆開始は、冒頭の記述と通じる2015年5月5日、特に14時半。
執筆開始までに思索を巡らせていたが、一切の情報を書けたのだろうか。
当日中に形にして記事画像も作り即日反映まで作り上げる労苦。
前回の本家記事反映日が4月27日と一週間以上前なのでペース的にも適切。

そんなわけでほか日記ネタを書きたい。
本日こどもの日に先がけて、5月3日の母親の買い物では柏餅二種類。
5月5日は買い物&ケンタッキーのようだったが、ここでもおはぎ一つ。

いずれの外出も弟が同行するという稀な状況であった。
ケンタッキーへ行った件は、実物がお持ち帰りなのだからそれで知ることもできるが、予め知られたのは彼らの外出中に弟の部屋に上がったときのこと。
今年度の生活の記録帳を開くと、5月4日の日記に「あしたケンタッキーフライドチキンへ行くのをたのしみにしていました(記憶)」とあった。
その日の日記に「明日の予定への期待感」だけ綴るのは稀である。
ともあれ、これを以て外出中の彼らの行き先を、私は未然に知られたのだ。

実際に帰ってきたのが16時前だったと覚える。
私に与えられたパックは驚きの重量、開封したところ、上からフライドポテトとフィッシュのフライ(付属のタルタルソースはこれに使う?)に、胸肉のフライドチキンが3ピース。
別の紙袋にコールスローサラダが入っていた。
私が一度にこれを食いきれる体だと母親は思っているのだろうか。
小4のその昔や今の弟2人じゃあるまいに、胃が小さくなっている。
ましてや、その2時間ほど前にいつものラーメン(肉・野菜入り)を作って食べた。
確かに、今は残してから後で食べればよいだろうし、食べ物に不満をごねる気持ちも毛頭ないが、単純に母親の意図が量れなく不可解。
量もさることながら、油ギトギトでお茶が欲しくなることは和菓子と同じ。

なお、弟や母も持ち帰りであるが、食べた量がいくらかは不明。
同じ家に住んでいても、生活を半ば別にしていることは過去にも当ブログで示している。



最近のメモ帳更新一覧
4月30日 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/04/18.html
5月03日 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/05/google24.html

毎日の研鑽、そしてこの執筆・投稿活動。
記事も毎度この文字数にして冗漫さがない。
されど、書き手たる18歳の私がその精神を文字に流してさえいる。

・・・座りっぱなしで作業するのは、足腰が疲れ、首や肩から腕にかけて凝る。
メモ帳の執筆中下書き記事は現在3件ある。
「執筆中下書き記事」と呼ぶのも、執筆放棄している下書き記事があるからだ。
数ヶ月以上更新していなければ、以降も忘却されることだろう。

ところで、必死で執筆に勤しむほど読者減るんだよね。
真面目に向き合うと不条理が起こる反道理なんとかならないかね。





追記:2015年5月7日7時半

本日は6時40分前に起き上がった。
もっと眠っていたかったが、前日残したラーメンの具材入りスープが残っていてその日の内に食べきらずうっかり寝てしまったことを思い出したため、急ぎで朝食準備を始めた。
まずは、その自室内にある鍋に卓上調理器で加熱を始めつつ、キッチンの電子レンジでレトルトご飯を温めた。
数分後、まさにご飯が温まる直前で、普段なら昼過ぎまで惰眠を貪る母親が2階から降りてきた。
なぜ今日に限ってこの朝早くに起きてくるか甚だ不可解である。
GW明けでこの時間だから、弟の方が先に朝食を取ろうと2階から降りてくることが予想され、それはそれで弟に時間を譲ってあげようとまで考えていたが、母親が降りてこようとは。
おかげで10秒ばかり行動が遮られた、こっちはすべき段取りで手際よく勧めているのに、あんたの奔放なエゴに振り回された。
GW期間中にしろそうでないにしろ、仕事ないあんたはいつもみたく惰眠を貪っていろ。

これなら父親だって、不穏当な夫婦生活にささくれ立って、休日には喧嘩の一つでもかましたくなろう。
こんな母親が「母親」になる道理とは何であろうか。
教育の害・夫婦喧嘩に飽き足らず、兄弟を引き離し(2006年8月)子の元を去る(2007年4月別居・離婚)まで。
人格上、不適合者でも世渡りできたのは、世渡りに限り強運なのだろう、幼少より「としこおばさん」の出現自体が暗示している。
一方の私がいくら優れた人間でも、1歳よりあるハゲが峻烈に将来の闇を明示している。

結局、この母親の勝手な動向によって、グチグチ言いながらメシを食うことになった。
せめてメシぐらい気楽に取りたいものだ。
母親のせいでまた性格が陰惨となりそうだ。
朝7時に再度キッチン方向に水道利用目的に赴くと、母親は風呂に入っていた。
水遣りでもゴミ出しでもしたわけでなく。 



ところで、この追記日6時も前日4時も、PCを起動した際にファンの音が異様に大きく鳴る問題が発生した。
適切な箇所に向けて、右手小指サイドから垂直に振り落とすと、ファンの異常な音が平常時の程度に戻った。
この異常事態について、原因など考えても不毛なことだろう。
一昨日のPC使用は、それ以前の日よりPCの使えなさが目立ったほどで、普段の範疇に過ぎることはない。
もっとも、小5の時のようなキーボード殴打などは行っていないし、最近それを行ったことを強いて挙げるとすれば、上述の「右手小指サイド垂直チョップ」の荒療治のみ。

このPCは2011年6月末に購入以降、不可解な事象が度々発生しつつ、自然に治るということがよくある。
ファンの異常な音についても、過去に類似の問題が起きては自然解決していた。
これも原因なく自然発生して自然解決するのだろうか。
不条理の多い俺だが、やはり枚挙に遑がない。
人間も道具も、狂った者・物に囲まれる人生なのは過去ブログに綴ったとおりだ。
このくびきは一生解かれることがないのだろう。



食事の話に戻るが、近頃はラーメンの具材・スープを残して、時間を置いてから食べなおす習慣が生まれた。
一度に食いきれないからだが、残すにも捨てることは一度も行っていない。
「具材が多いなら使う量を減らせばいい」ということも有り得ず、母親の買い物で毎度肉・野菜を買う方針が数年前から続いていて今更変える指示を私は出せない。
その方針というのは、ある時より2012年途中まで具無しラーメンをほぼ毎日食べさせられていて、その貧しさに音を上げ、提言したことが発端だ。
自分の息子(15)が毎日具無しラーメンを食べている窮状に、母親は何も思わなかったのだろうか、正気を疑う。

週2度(1度の時もあり)、肉は少なくて100g~多くて300gほど、豚ロース肉が多いが牛肉などの時もある。
方針初期は大量の豚バラ肉だったが、脂身の多さなどで喉に気持ち悪く不健康と毎日多めに摂るものでない。
野菜はニラ・もやしが多いが、これも方針当初はキャベツ千切りやサラダ用カット野菜、炒め物・ラーメン向けカット野菜であったが、更なる要望で現在の形に。

今となっては、この肉・野菜の量が消費期限内に食べきることを想定して消費すると、一食が一度に腹の中に収まりきらないらしい。
あるいはお腹の容量を気遣うと、消費期限の時間を過ぎる。
結局このように捨てずに残して数時間ほど経た後に残りを食べるわけだが、それをせず数時間の仮眠を挟んでしまうこともある。
前日においては、不意の仮眠はおろか、意識的にPCシャットダウンで本睡眠に入ってしまい、具材入りスープの残し物など失念していた。
それが本日朝に目覚めて、タイミング悪く調理をしたら、追記冒頭のとおり。

前置きが長くなったが、言いたいことは「俺が悪いのだろうか?」。
前日の計画では、「ご飯を次に食うとしたら、未開封の海苔と缶詰、期限切れ前の納豆などを食べるかな」というつもりだったのに、急ぎでご飯を作るとこれだ。
期限切れ前の納豆2パックは、何とかこの朝の食事で食べられた。

消費期限・・・賞味期限の話は最新メモ帳記事後半にも書いてあるから見てね。
抹茶・コーヒー豆→http://lesbophilia.blogspot.jp/2015/05/blog-post_6.html