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5月24日11時37分、ある件で母親に不満を申し付けられたが5月19日19時頃の件(リンク先記事の後半参照)ほどおかしい内容(後に詳述)でもないようなので聞いてあげた。
だが、会話の様相が次第に歪んでいくのも、偏にあの母親の理不尽さに起因している。
その論理矛盾を声高く簡潔に摧いていっても母親の頑固な心を矯正することは困難だ。
前回の一件(上リンクに同じ)と比べ、穏やかに、あの母親が「暴力」と誇張する行為(ふすまを叩いて音で威嚇、ふすまの外に手を伸ばす等)の一切を自重した。
母親の不満を聞いた上で、今回は虚心坦懐にその旨を承服した意思を伝えて一件落着と思いきや、特有のグチグチ小言を続けたため、義憤からその非を糺した。
4月26日23時の諍剰穿孔も「ネチネチ語散る」性癖に起因する。

不要なグチグチ小言を母親は「必要な会話」だと強弁していたが、私が承服してから黙っても、承服した旨のことを独りでネチネチ唱えることは会話とはいわない。
不要な不満などは胸の内に抑え込むべきだろう、私が「暴力」なるものを制御する努力をしたのだから、自分も
そんな悪癖は抑えなければ、不要な小言が不要な争いを惹起させ、また諍剰穿孔の悲劇が繰り返される。
故にそれを教訓としている私は、この度も強く呵責した。

そうして私が正当に念を押すことで、11時50分には母親が退いたのだが、それも束の間、5分ほどで先ほどの会話の中で私が引き合いに出した過去の例について「誤解」だとして、不服を唱えだした。
それら過去の事例はタブーな側面が強いため、一言でも出さぬ方がベターと言える。
聞かせる相手だけでなく、こういった報復がある場合、口に出す自分にも損失をもたらす。

続いて、母親がこれから持ち出すと見えた話題は、未然に根を絶たんと矢継ぎ早の弁舌を私は繰り広げた。
その度に「そんなこと思わないよ」と否定的な返答のみ出してくるが、息子のこういった意見は徹底的に受け入れないところに、件の母親の人格が如実に表れていよう。
この性質に毎度変わりがないことは、私の既知の通り。

私にとって価値のない口論が長々と続けられる。
価値のないことの所以は、事実なら知れている話、事実に反していれば詭弁である内容なため、徒らに喉を荒らすことに過ぎないが、あの母親の誤謬を、孝子たる私が改悔せしめんとの慈悲で全身全霊を賭して取り合ってあげているだけである。
この種の口論は毎度、価値のないばかりか詮無きまでの不毛さを痛感する。

結局、この口論の終結は12時25分となった。
母親が「リビングで話そう」と繰り返すことに対し、幾度と「自室内で済ます」念を押している最中、開けられていたふすまを唐突なことに、向こうから閉ざされたことで私も虚を衝かれつつ、理性的に口を閉ざした。
「済ます」形が異なれど成立したのだから、そのまま自分の都合でぶりかえすならあの母親と同種だ。

所詮、母親が「重要」だと強調して始まる会話も、この程度で収まるものであるため、私が取り合うことは単に自傷行為となるが、それでも孝子の慈悲が迷妄の実母を正したく、身も心も砕いている。
詮無きことにも唯一の"詮"は、「所詮」に始まるこの当然の帰結である。
無用の会話であることを私が熟知していて断ろうと、母親自身気付かないで持ちかけてくるため、切り上げるには当人が退くまで相手をするか、巧く避けるか、極端に言えば暴力に訴え殺害するなどしかない。
鈍感な母親ほどの不穏分子が世の中になかなかいないことは、5月20日のメモ帳記事でも実感できる。

私は1度目2度目と渡り、終始一貫して母親に「暴力」と誇張される行為を自重し通した上に、「ふすまを叩く」点は、母親の方が強めにふすまをノックしたことが該当するくらいである。



・論理矛盾を摧く→邪説摧破(軽い造語)
・頑固な心→頑迷固陋
・穏やかに自重→隠忍自重
ハイ覚えてね。





後記&日記っぽい

記事ネタがあっても家族ネタになっちゃうのは困るが、私の生活に大きく関与する人間だし、取りも直さず私のことであると言えるから、許してね。
そもそも、当本家ブログの記事においては2012年に同居の家族ネタ記事はほとんど存在せず、2013年も上半期には同様の希少さであった。
2014年から月ごとに増える傾向があり、2015年には3月以降、投稿記事の過半数が家族ネタ濃いめのようだ。
したがって、更新履歴にも記録してあるとおり、2015年3月20日に記事カテゴリ「家の人・遠くの人」を新設したのである。

先の勤行記事は、2週間近く前になってしまったが、この間色々やった。
それは以下のメモ帳更新一覧のほか、表に出していない創作活動も諸々。
絵や音楽はボチボチ行っているが、勤行に関しては5月19日の件以降懈怠気味。
日記メモも疎かになった期間がある。

摧尊入卑の日々だぁ夢におっかないもん出たぁ、月末メモ帳にそのこと投稿だぁ。
「御本仏の在世にも邪法充満せり。何に況や現代に仏の名を終生知らざる事をや。諸の衆生、摧尊入卑にして遍く濁世に満つ。正法を持つと雖も懈怠の人、猶多し」
※「入卑」の「入」を「はいる」と思い込んでいたのは誤解だった。以後気を付ける。




追記:5月27日9時40分

冒頭に「おかしい内容(後に詳述)」と、本日改めて記し、ここに詳述す。
追記時刻までは風呂に入っており、今は乾かしていない髪をタオルに留めている。
弟が朝7時半までにいつも通り登校を始めて1時間後に目が覚め、すぐに風呂の準備を済ませていざ入ったときまでには「おかしい内容」がフラッシュバックした。
「おかしい内容」とは、母親が申し付けてきた時の経緯が"おかし"くないのであり、申し付けてきたその旨は、やはり理不尽で"おかしい"のだ。
言わば、異常な価値観に端を発した理不尽をも過ぎた狂乱で、独善とも言える。

そんな自分勝手な不満の趣旨とは、最初に告げられたことが「絨毯の上のマットをズラさないで、下の弟がズラしているのかと思っていつも下の弟が叱られている」。
この件に関する主張の全容を、要点を取り、独自で詳細も加えると「リビングに敷かれた茶色い絨毯にストーブの焦げ目があり、これを隠すために2012年の模様替えもあった。絨毯と同色=茶色の足拭きマットで隠していたが、2015年4月から白・青のマットを買ったため、同月に2012年頃までの配置に再度模様替えをした。以降、その焦げを白青マットで隠している」

2012年だとか2015年4月だとかの細かい年月が、母親の口から能動的に出されたことは一度もなく、上の内容では自主的に記録しておいた。
数字が嫌いなのか几帳面さに欠けているのか、呆れてしまう。
私から引き出さないと、詳しいことを言わない母親だが、その割に人(学校教師等)には「詳しく情報を教えろ」とネットでも電話でも迫っている言行不一致な人格。

ストーブ焦げの件の時期特定は、後の話も曖昧だが恐らく2011年~2012年中からのようだ
10-11年の冬には母・弟の三人がこの家に引っ越したばかりで、私はこの家でストーブを利用したこともなければ、11-12年の冬までには既にヒキで、そもそもリビングで時間を過ごすこともないわけだから、焦がしたのは論理的にも母・弟の三人のどちらか。
母親自身なら、問題起こしたのも母親自身で、ママはワガママだ。

茶色の足拭きマットを、件の2015年4月頃より自室保管になっているが、私が実際に風呂の外で使用していたのが、焦げ隠しの新品・白青マットで、これを使用後は元の位置に戻していたつもりだったが、ズレの基準が分かるようだ。
この口論まで焦げの存在すら認知していなかった。
焦げについて、この追記時刻の直前に調べてみたが、白青マット周辺に焦げ跡と思しき箇所は、外見から手触りまで全く感じられない。
そもそも、今までに私が焦げなぞに気付かなかったという時点で、それほどに目立たないものを母親は気にしていたことになり、傍迷惑の極みなのだ。
そのことも5月24日の口論で告げたと記憶する。

何につけても理不尽さが際立つが、このような人間と長く円満に渡り合える素質のある人間がどこにいるだろうか、前にも書いたがよほど寛容でなくてはならない。
それでいて、母親を好き好んで選ぶことは、婚約はもちろん雇用の観点でも長続きする意志が、とこれ以上書いてはいつもと変わらないので自制する。
気になったら、色んな過去記事に書いてあるので回覧してみてね。

頑迷固陋な人で、何を以ても譲らないから、この件は私が茶色いマットを使うということで譲歩するしかない。
私の部屋の衛生面などの諸問題を顧みずに譲歩するしかない。



5月20日 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/05/blog-post_20.html
5月23日 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/05/blog-post.html
5月26日以降の予定は実際にトップページから見てね。

「メモ帳ブログの今月の記事数は9本を目標としている。」という出だしに始まるG+の日記メモがある