4

当ブログでは2015年に入り、ますます母親の動向に関するネタが増えている。
「母親ウォッチブログ」になりつつあり類似の記事も増えたため、今後は「家の人・遠くの人」カテゴリから更に分離させた「孝子の諫言」カテゴリを設置し、これに伴い一部記事を同カテゴリへ移設させるかもしれない。

当記事では6月3・4日の日記メモを編集して掲載する。
6月4日が「不行状」について摧破したメインの内容。
その「不行状」というもの、5月30日には私の予定を阻害するばかりか、配達員を待たせて、弟をこき使う(他の例アリ)など身勝手・不誠実・無責任の三拍子。
6月3日には、そこに至る経緯が触れられているので、日付順に掲載する。


2015年6月3日の日記メモ (前節)

6月3日18時50分前、1階廊下の移動中に2階母の通話中と思しき声がして、耳を傾ける。その電話の終わりが18時57分頃だが、途中から聞いた話ながら要点は「物件に関する内容、私=母が住む(?)、市内の別路線の駅名、駐車場有、洗濯機等の家具有、明日11時に伺う」であった。

最初に「物件」の語が聞かれた際、真っ先に想起されたことは、過去にも物件を見回る癖があったことである。古い記憶では北浦和に住んでいた時などが上げられるが、近場の安いアパートの部屋から郊外(市の辺境地域)の戸建てまで、私もそれに同行したことが幾度とある。こちらの豊橋に住んでいようとも、この数年以内に物件を見回った足跡を得ている。例えば、豊橋中心市街地(広小路付近)のオフィスの物件内部を撮った写真が2013~14年に母親の携帯電話に保存されていた。

2015年3月まで母親は断続的に薬剤師の仕事を続けていたわけだが、ちらほら起業だかの雑念がちらついていた。人間関係が希薄であると同時に、新しい縁を作る能力などあなたには生まれつき無いことを自己分析すれば判然としているのに。1年前の自分はまだ、件の起業にしろ母親が何かしようとすれば成るものではないかと信じていたが、今では母親という器がそれに適うとは過去現在問わず到底思えない。ただの物見遊山とすれば、不動産業者などは売り物を見せてやる時間を割いているのだから、母に来られても迷惑にしかならないであろう。この度も小規模な物見遊山で実りが無いものと断ず。

そもそも、この家を余すように新しいアパートだかマンションに引っ越すことを、もし本気で考えていれば正気ではない。まあこの通話における「私が住む」という用途は、ただの方便であると思うしかない。身勝手・早計な行動が多い母親でも、妄りにこの家を手放すほど狂乱することは、まだないと信じておく。

そこで「私が住む」の裏にある思惑について穿ってみるが、通話の中で「投資」という単語も聞かれた。投資というと、去年9月頃のFXの件などが記憶に新しい。だが恐らくは、不動産投資などを行わないと思う。説明する材料に不足しているが、強いて挙げるなら、不動産投資の先例がない点だ。この豊橋に住んでいる間にも私の知らない秘密裏に行われた、ということも、私の調査能力を以て「ない」と誓いたい。



2015年6月4日の日記メモ (二つの事件)

6月4日は朝3時台に一度起きて、一杯の水を飲んですぐに寝て、次に起きたのは朝7時40分頃。母親の動向は夜中から朝に至るまで何も感じられず。

その後、10時15分頃にヤマトの配達があったが、配達員は3度に1度ほどのペースで来る30代ほどの茶髪の女性で、前回(6月2日)もこの人だった。母親が応答することを信じて、2分以上家の前に立ち尽くしていたが、ついぞ母親の反応も無く次の配達へと出向いていった。この配達員の女性には悪いと思いつつも、私は孝子として淫乱な母親を「行動なき行動」を以て諫めるべく、母に代わっての応答は行わなかった(いつものこと)。これぞ深謀遠慮である。同時に、この女性も巻き込む上での良心の呵責もあるが、断腸の思い。

母親はまたも、人を呼びつけておいて対応を行わず、その無責任・不誠実を発露した。5月30日の日記メモでは土曜日で弟が応答できたが、平日の夕方まではそれも叶わない。自分が注文した品物などは、前回や過去の多くの例も含めて14時までに来ることが多い。(昼寝含む)惰眠を貪らず自戒する心を少しでも持てば、容易に対応できる。

そもそも、ずっと悩ましいことは昨日の日記メモに記したとおり「11時に伺う」件だ。これを念頭に置いていれば、10時過ぎにノコノコ起き出して「ゴミ出すの忘れてたぁ!」などと放言する真似は考えもしない(普段の母は、ゴミを弟に出させる)。私自身、9時前から「時間通りに会うならあと2時間ほどしかない、ゴミも出さずに何を考えているのか」との義憤が起きかけていた。通話自体が私の聞き間違えなかとさえ思いかけた。5月30日は朝6時に起きてきて私の邪魔をして、12時半には昼寝のせいで郵便配達員と弟に迷惑をかけた。

母親による、赤の他人を身勝手に巻き込み続ける暴挙を止める必要が、孝子たる私には強く求められている。このままでは彼らの配達の業務に支障が出かねないため、いつかは言葉を以てして母を諫める必要が出てくる。場合により、私自身が配達の応答もすべきだろう。

なお、当日記メモ初稿が10時43分だが、この間に母は外出の支度を終え、11時過ぎに母は車を走らせた。私はこれより風呂に入る。





以上2日分のメモ。
最後の「風呂」を出た後、1度目の洗濯を済ませて、2度目の洗濯中に母親が帰ってきた。
時に13時半頃で、木曜日の買い物も兼ねていたが、その折に母親との会話で「○○の近くに用があった」と言われたため「物件見に行ったんだろ?」を聞き返して、「そうだよ」と言われたが、その後に「何で知ってるの」と笑いを含んだ追求があった。



ちなみに、風呂に入る直前に体重を測ると、46.60kgと計測された。
同体重計では様々な状況下で計ってきたが、46キロ台の数値は前代未聞だ。
最近47.00kgを見たばかりに、とことん体重が落ちてゆく。
その時のことを計測時の空腹度・服装などの状態も含めて、日記メモだかブログ記事内だかに書いたはずなのだが、それらしい投稿が見つからない。
ということは日記メモのない6月2日に測った数値で、私の「書いたはず」という感覚は、運命が「お前のいつもの妄想だ」と嘲るために植えつけたのだろう。

今回の状況は、空腹度については7時以降の起床時に私用の小さいカップでシリアルを1~2杯食べた後、9時頃に同カップで9分ほどのお茶2杯をゆっくり飲んだ。
時間としては風呂に入る直前なので、11時過ぎになる。
それまでにはトイレに2度通って、下剤うんこ(軟便気味)をかました。
風呂に入る直前なので、計測前の服装がほぼ全裸で、肌着のみ着ていた。
従来、全裸でも体重が48キロ台に留まっていたことからも、どうであれ46キロ台が表示されるということはズルズルと落とされている。

書いた場所では、1年半ほど前だと54キロ以上ばかりだったとか、今は身長約170cmとか、体重計の仕様がライトであるとか、縷々と記録してきたはずだが、それらが一切見当たらない。
これも運命が「お前のいつもの妄想だ」と嘲るために植えつけたのだろう。
几帳面に記録しても、秘密裏に抹消されてしまうらしい。
まともな過去記事はこれら
http://lesbophilia.blogspot.com/2014/11/abnegation-ab.html (後半以降)
http://lesbophilia.blogspot.com/2015/04/blog-post_21.html (中盤後部)



この買い物で約1ヶ月ぶりのスーパー弁当購入(5月中にスーパー寿司があったような・・・)したと思ったら、あなたが買ってくる前に、数週間食わずに残していたレトルトご飯3食分の内の1食を食った直後だ、なぜ今更!?
月曜日の時にでも買ってくれたら、非常にタイミングがよかった。
食い物のケチでもないが、食いながらそれを考えるのは、仏教でいう「毒」であり、即刻止めた方がいい。
そう思いながらレトルト味噌汁を作り始め、19時半過ぎに黙々と未レンジ加熱の弁当を食い始めたところ、既にある右の口内炎を噛んだが、それでも悶絶の悲鳴をあげるだけで、不満を言葉にせず食い続けた。
すると、私の小さい口では残り数口分になった際にまた酷く口内炎を噛んで、イライラ極まって残りの味噌汁と共に全部噛まずに流し込み、箸を投げつけた。

暴論かもしれないが、独り言をしながら噛むほうが、口内炎を噛まずに済む。 
甲斐甲斐しく食い物を噛んでやっても、裏目に出るだけだ。
反面、その残りの味噌汁でご飯を流す際、何の苦しさもなく飲み込めた。
こんな馬鹿馬鹿しい情報など、追記したくないが、また邪悪なゴミ運命がこういうゴミを書かせている。






最新動画(音楽)
http://www.youtube.com/watch?v=465euw0rHSg


6月03日 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/06/blog-post.html

いつものペースだと6月6日にでも記事が投稿されると思うけれど、残念なことに下書きが何もない。
そりゃ、過去にも色々と下書きしてきたことだが、形だけが残された「お蔵入り」くらいしか、現状残っていない。
もちろん私は日々思索に耽るわけだが、何でも記事にして投稿ということはし難い。
不文律にも似た「文字数要件:1記事2,000文字以上」がその障壁となっているほか、何かの学問らしい話題であれば、素人考えに終始したものは記事にし難い。
例えば、近頃は頻発する強い地震(いずれも当地・豊橋では微震を過ぎず)と噴火などについて考える機会も増えたが、その総論だとかは書くつもりが無い。
6月3日の記事も素人考え的ではあるが、種々の例をして主題の「理と事」の差異を説いている。
「横野真史」らしく、身近な例=奇跡的な解決法も挙げている。



ところで、これら高尚なメモ記事をリアルで、いわゆる学校で使うようなノートに書き移したいのだが、この家には例のパッドか、A4コピー用紙しかない。
下の弟は知的障害で、特別支援学級の勉強では漢字練習帳などもあまり使われない。
そして、上の弟には既に何も言えまい。
前の家に、私の学校生活で「普通に」取られたノート類が山ほどある。
前の家でそれを目の当たりにした上の弟は、如何なる気持ちになるか。
この三兄弟では、一見普通の学校生活が叶わないのだ。
今、それら1冊約100円のCampus等のノートを改まって母親に頼むことも、私が自ら買い求めることも困難。

私が今ほしい物というと、昔ほど多くなくなったが、新たにCampus等のノートは必要性が出てきたようだ。
ついてはここに構想を書く、メモ帳の場合、学術部と記録部に区分し、投稿の日付順に書き写してゆく。
ノート用に整理した内容とするが、それで双方の必要冊数は、私の見積もりだと各1冊に収まらないだろう。
各活動拠点と複合させたり、音楽部など他の新設も考える。