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今までにも断片的に多くの記事で触れてきたことと、最近露呈した新たな問題などを整理する。

(後書きを冒頭に!)それにしても、元々どこにいようとそばの他人(家族や同級生など)より劣った環境になることも多いが、家出先の自室まで最初からおかしい上に年々飛躍的に悪化するようでは、どこに住めばよいか。
首の絞めつけが漸次強まる修行を続けているようなものだ。
呼吸をするごとに呼吸の苦しみも増してゆく。
もちろんここを差し置いて他に居場所など無いから、不満を漏らさず住み続けている。
当記事も、活動の根幹の一つ、「記録」に基づいて執筆したのみだ。

まず初めに、部屋の写真や動画自体が過去に載せてあるため、よく知らない方はそちらを参照されたい。
記事→http://masashi.doorblog.jp/archives/39762078.html
動画→http://www.youtube.com/watch?v=vUL-rEYVtwA

2011年4月18日の移住以来、この部屋はラップ音が今日まで絶えず鳴っている。 
こちらに来たときは、新築(2011年1月竣工、母弟は3月頃移住)特有のラップ音で、1年する内には止むだろうと思っていたが、それほどに運が良くなかった。
例えば就寝時にしても、気にしないでいられることが多い中で、気分次第ではこの音が気になって寝付きづらいこともある。
夜中は一部のバイカー以外は車の通りもなく静かであっても、反比例して私の部屋だけが喧しく感じられる。
ラップ音の対策法は多岐に渡るが、ある時期は家族の生活音・話し声対策込みで耳栓を用いることがあり、最近までは稀に紙の棒で天井を軽く突いた後に強く押さえ込む等、気休めくらいにはなる。
最近までそうで、最近では気にならない傾向が強くなりつつある。 
当然、今日まで続いているのだから持続性のある対策も、根本的な解決も未だ無い。

ラップ音の問題を母親が初めて知ったのは、去年2014年のある日の干渉・会話では、私が押入れに逃げ込んで母が押入れの前で立っている構図だった。
そこで母は初めてラップ音に気付いて、神妙な声色に変わったが、これが私には鬱陶しく感じられつつ、「この部屋に住み始めたときからこうだよ、最初は新築特有のラップ音かと思った、(母:もう建って何年も経つでしょ、他の部屋では鳴らない)、だからこそおかしいと私は言いたい」という会話になったりもした。
家の主が今更気付いて困惑していても、私にはどうでもよすぎてならなかったが、「どうでもいい」と言うと今も同じで決まって「どうでもよくないよ」と返してきたり、「2階との間に虫がいるんじゃないの?」とか勝手な憶測に迷走しだす。 



エアコンの不調、これも2011年10月に暖房の試運転を初めて行った際から今まで改善は無い。
この時から自室のエアコンの暖房は、家の他のエアコンより出が悪かった。
2015年6月に冷房の試運転をした際、特に問題は無かったが、7月13日に2度目の冷房運転を行ったら、なぜか悪臭がしたが、カビの類とは恐らく異なる。
エアコンの掃除は、軽度ながら2014年冬の前か、2014年大晦日か、2015年新年か、はたまた2015年未明に一度行ったこともある。
6月の試運転から一転して、今月になって謎の悪臭が排出されるのは甚だ不可解だ。
7月14日昼に浮かんだ案は、窓をいつも以上に開放し、一度冷房の温度を最高に設定し、最高の強風を出して部屋から去るということだが、どれほどの効果があるかは不明。
ここまで執筆中の7月15日朝、今日や明日起動してどうなるかを検証したい。

(この段2015年12月追記) 不調なものはエアコンだけではない。
同じくこの部屋の初期装備である電灯も、今では当たり前のように思って忘却していたが、2012年1月前後より豆電球が点かない。
これはリモコン名称で「豆球」といい、ほかの「調光」、「全灯」といった光度は今なお恙無く点くというのに、これだけが早くから不良に陥るという異常事態である。
「豆球」が点かない問題は、壁にしつらえられたスイッチでオン/オフを切り替えても同様なので、電球(LEDの電灯)側の問題と分かる。
寝る前に気分を和らげる、あるいは寝る前にしろ暗い部屋でPCをする場合の視界の確保としても重宝していたことを思えば、不便を強いられたことであろう。
この光度「豆球」のために照明リモコンの30・60分消灯タイマーをよく使っていたが、今では全く使うことも無い。
一方、エアコンのリモコンの入り切りタイマーは今でも使う頻度が高い。



続いて私が押入れで寝ていることについても話す必要がある。
押入れで寝始めた経緯は過去記事などで書いたこともあるが、2012年の元日のことだ。
母親が新年干渉を仕掛けてきて、もともと部屋の真ん中で布団を敷いて寝ていたことに干渉時の防御が脆弱であることに危惧していたため、これを機に押入れ就寝が始まった。
床で敷いてある布団には点々と不吉な汚れが見られ、布団カバーにはカビのようなものもあったため、それは捨てて、新しいカバー(どちらもタオル質)を当てた。
押入れに元より畳まれていた布団(こちらの布団カバーはタオル質でない)を広げ、掛け布団はそのまま床就寝の時より持ち越し、携帯電話と充電器を枕元に常に置く。

当初から1年ほどは、頭の向きをドア向きか窓向きかしばしば変えることもあったが、この2年ほどは気まぐれで一晩きり窓向きになるくらいで、後はドア向きにしている。
ドア寄りに充電器のコンセントが近いのが大きな決め手であり、充電の必要性が無いときと寝方を変えたい気分が一致したときが例外的に窓向きで寝ることとなる。

大概の人が和室住まいでも押入れで寝ないよう、私にとっても当然、押入れで寝る上での難がいくつかあったりするがここでは特に触れない。
それを払い除けても押入れが快適な面もある。
ここで取り沙汰するのは寝具の問題であろう。
2012年に低反発の枕がカビただとか、2012~15年は母も弟も今まで使ったことがないのに私には買い与えた超硬めなタイプの枕で、私にとっても罰ゲームのようなものだから枕を布団の下に入れて実際に頭に当たるのは敷布団であるような構造など、色々変遷があった。

今の敷布団だけでは薄い上に、母親や下の弟はベッドやマットレスだかを使っているのだから、彼らと私に寝心地に大きな差が出ているのは間違いがない。
最近の暑さで、水分を多めに摂るといっても、脱水傾向もあるが、逆に水分を飲みすぎると発汗が激しくなるのではないかと、医療知識が無いなりに思っている。
それで飲まないでいるのも問題ではあるが、日記メモで先月から幾度と綴るよう、寝具の洗濯が出来ずにいる中で汗を掻きながら寝るのも控えたい。
洗濯の予定は、敷き・掛け両布団のカバーとマイクロファイバーだかの毛布を洗い、カバーを取った布団は去年8月と同様、天日干しのみ行うが、これで少しふっくらしてくれるといいものだ。

洗濯はともかく、その寝具の薄みと体重減少にも見られる肉の薄みが相俟って、執筆日7月15日や14日の起床時は両肩の突起から両腕にかけてが酷く痺れた。
その両肩の突起、肩甲骨が皮膚を圧迫して痺れやすくし、そこから神経が通っている両腕の肘にかけての範囲が、二日連続で起床時に痺れを覚えさせた。
こういうのもエアコンと同様、また一晩でどういうことがあるかは定かでないが、近頃初体験が頻発すると、こういう記事の一つも書いてしまうだろう。



続いて、部屋の位置が1階で通りに面している、これはあまり書きたくない情報であるから、普段書かないようにしていたが、この際書いておく。
1階で通りに面していて窓を少し広めに開けると、モロに通行車両の排気ガスが流入し、特にバイクはガソリンオイル臭すぎる。
窓を開放している状態を維持しないと母親に文句・不満を言われてしまう(今ではそれが高じてその意識も消え、開放しないと部屋が腐るみたいな強迫観念に陥っている)し、開放していても場合によって閉めているときより悪臭が流れるが、2階に住まう人間には話しても理解がされない。
また、通行車両の騒音は酷く、特にバイクの音は耳に悪く、トラックは振動も酷い。
振動は押入れの中がその影響を強く受けやすいが、板上の上段だからこそそうなのだろう。
押入れの下段だと、上段ほどは揺れないかもしれない。

他に、雨戸(シャッター)が窓に付いていることによって発生する音についても記録する。
例えば7月15日の明るい時間は当地において晴れ続けていたが、15時頃から風が俄かに強まって、部屋の雨戸はガタンガタンと音を立てていた。
大きめの窓は、家屋の1階に設えられた時に雨戸も当然備え付けられる。
このように強風の時こそ換気だとか、夏ならば涼風を取り込める好機だとしても、雨戸の轟音を耳にして平気な状況下以外は喜べない。
2階の人なら余程の強風でビュウビュウ音が立つ時以外は快適だろう。
最近気にしていなかったが、やはり窓を開けている時における風の巡りなどで、ふすまがその気流に殴られて雨戸同様にゴトゴトと音が立ってしまう。
私は一番静かに過ごしたい人間が、窓を開けるだけでカゼノアマドブスマだ、バイクトラックだで一番静けからぬ環境にあり、悪臭だとかで少しも開けていられないことをまとめる。
近隣の作業所とか、稀な解体&建築工事とか、色々と騒音や振動や異臭が及びやすい。







今回の記事は、メモ帳でやるかどうか悩んだ。
反映日=本日7月17日をもってメモ帳の最後更新より一週間が経とうとしているわけで、本家にしても更新しなければ前回記事より二週間が過ぎてしまいかねない。
どちらを優先すべきかといえば、結局本家の方を取る事とした。
日記メモの方はぼちぼちやっているが、これもメモ帳自動投稿のコメント欄が個人的に3件を超すと過多であるように思っているから、このまま何日もしていると現状3件で留まっているのが崩壊してしまう。



追記: 2016年4月25日
思えば、前の家では常にフェンスを隔てた向こうの資材置き場において重機の出入りや、瓦礫・土砂の運搬のみならず、晩年の2010年後半からは神社の鳥居や灯篭など、不穏な動きが多かった。
これは前の家の自室に特異なことではなく家全体の話であったが、2010年12月から始まる不登校期間においては、その資材置き場がそれまで以上に気になった。
こちらの家においても2012年以降の向かいの沖縄風平屋の解体2013年10月までに建ったT邸の工事のほか、2015年10月からはとある隣のT邸の解体、2015年12月から跡地にK邸が着工された。
K邸が完成に近づくや、余った土地ではE邸の工事が始まった
元のA邸は大きかったために解体工事の期間は普通よりも長かったろうが、なぜ築年数の低そうで大きな家が隣にあり、それが解体されようか疑問であるし、そのために新築建設工事は2連発となった。
解体工事は終始うるさく、建設工事は基礎の完成までがうるさい。
だが、私は移住者や元居住者や諸々の工事業者らに文句を言うのではない、不可解なる根本の因縁を最も嫌っており、その思考は昔から変わらない。

いずくにても心安きこと無く、喧騒を離れること能わず。
騒音に限らず、多くのトラックや重機の運搬車が私の部屋の前を通行し続ける。
人生初、同じ家に5年住むという安住の地につくとも、心安き日は来ない。