叱呵

一応、匿名投稿ということで良いのだろうか。
お名前「ウゾームゾーのコメ欄だ!」という方が前回記事に寄せてきた投稿コメントが実に痛烈で、見識に富んだことだと感心する。
一見アレな文面ながら、私の持ち得ない文学的な語彙が印象に残る。
また、私が使った仏教用語も借りているが、読者として能く観ぜられており、これぞお眼鏡に適うということ。

本当に、私を内心で貶めたい人が多い中に、普段は敢えて関知しない方向でいるが、やはり見る人には「落ち着いていない」ような状態と取られるのか?
「落ち着く」を私の研鑽する分野で言い換えれば「禅定」とも「三昧」ともいい、一つの目指すべき境地ではあるが、世間の浅見をもって私を軽口にそう評することは言語道断だ。
残すところの拙劣なる誹毀讒謗の類は、一々に論うも口惜しき次第だ。
顔云々など、翳眼より出でし愚にもつかない戯言だ。

※冒頭含む本文を概ね書き上げた後で一つ邪魔な疑問が沸いた、「落ち着く」とはコメント者自身の私情を指しているのか?もしそうなら要らぬ取り違えを起こしかねない表現は控え、そもそも誰が落ち着こうが、私に「話しかける」展開は今後とも無いものと断ず。

さて、仏道を志す者としては、斯様に跋扈せる魔であっても、実体が生身の人間ならば、教化して正しく導かねばならない。
これは過去の「破折」記事にも書いた旨だ。
悩乱するどころか、悪心によって悪罵を起こす魔そのものだが、正しい道に入らんとする私に曲がりなりにも接近してきているため、少しでも私が尊い教えの触媒として機能せねば、いずれ彼らは極悪道に落ちてしまう。
それを知っていて何もしないならば、私も同様に罪を生んでしまう。
邪魔者として突っぱねるだけでなく、善導や慰撫教導も肝要だ。

だからここの読者には、速やかに目を覚ましてもらいたい。
まずは開目抄を披こう。
仏法に関心がなかったり、或いは私のような求道者を仏法に遠い理由で蔑む輩は皆「無明の凡夫」でしかない。

kaimoku sho
http://www.youtube.com/watch?v=D2wyqB1zVgw


「人気」とは、誰からの、どのような人気であろうか。
「人気」などの名声を求めてもいないのに、「顔が良ければ人気」などと評価されるのは甚だ迷惑だ。
ましてや、このような記事を投稿する私が「良い顔」であっても、「良い顔」目的の軽佻浮薄な輩からの人気など得られるはずはないだろう。
私としては、かかる輩など求めてもいなく、愚痴も極まれり、だ。
迷妄の故に、私の活動が単純なコメディーにしか見えていないらしい。
「○○メン」の単語を持ち出すところ、2014年2月の疑難者と同徹だ。
「可愛いければ」というのは、愛憎の感情が視界にまで投影されてしまい、正しい識を保てなくなったものだろう。

2014年8月25日のメモ帳記事の一文「ただキチガイの私がキチガイの活動をして壊れる様を見たい、それだけだからこんな豊かな語彙を用いた文言を投稿してもパッと見で済ませるだろう。」
2014年10月24日のメモ帳記事の一文「キチガイがキチガイな主張してるとか、そんな程度にしか見られてないようである。」
私が当記事で綴ったことは、全て元から思っていることである。
悩乱の故に、眼が翳り識が歪んで、素直な見方も出来ないらしい。哀れ。
どのような顔なら良く見え、どのような文言なら落ち着いて見え、如何なる状態なら彼らが満足するのか?
もし魔の悪罵でないとするなら、素で高慢な人種そのものだろう。



目指すべきブログ読者としての指針は既に本記事のみならず、多くの過去記事でも示してきたのだから、コメントで出しゃばる輩は低劣なコメントを投稿する前に、一度それら記述を探してみてはいかがだろうか。
ここで、件の有能なコメントを引用する。
ここまでの私の話など要らないほどに、以下の内容で充分に、邪難は完膚なきまでに摧かれているため、その手柄を大いに称賛したく、感謝の念に堪えない。

    • 3. ウゾームゾーのコメ欄だ!
    •  
    • 2015年08月05日 23:52 ID:LULdO4RC0
    • >ゆいな氏
      あなたの目も心も歪んでるとオモワレ。
      「あたしも」て、他の誰が自信持てない人だって??
      前に横野真史氏が言ってた、「摧尊入卑」とゆうのは、こんな幼稚な「あたしも~」だとか「親を恨んでます」て、横野氏も同様であるかのように、暗にさげすんでしまおう、てことだよ。
      横野氏が使う用語を、読者も知ったほうがいい。
      あと、顔よければ人気、て短絡的だしもう何もゆうことない。
      >グォン氏
      落ち着いてから、も、落ち着いてない、も、何もあるもんじゃないでしょう。
      それ、余計な気遣い、てゆうんだよ。
      一回だけ見たことある、て、もはや妄想か幻覚か、白昼夢じゃなくて??
      世の明鏡たる横野真史氏とは、至って反比例した読者層で、何とも、いたたまれないなぁ、て思うよ。
      熱中症気をつけて、て礼儀よさげだな!(´ω`;)
      それと、二人とも、第一に記事のネタと何も関係ないし!




8月07日 http://lesbophilia.blogspot.com/2015/08/731812.html

この他、日記メモ運用アカウントのYouTubeチャンネルで2本の動画を投稿したが、それは興味ある人自身で探してもらいたい。

ところで、新しい早口言葉を考えた。
「痴漢痴女諸氏を叱る」→「ちかる」って言いそうになる。
そのワケは、「痴漢(チカン)」と「しかる」が、語の頭と尾で重なり、「痴漢」と「叱る」を混ぜこぜにして「ちかる」としてしまうからだ。
「チカン・チカル」と書けば分かりやすいことだろう。
その上で、「ちじょしょしを」をいう煩わしいパートが入っているのだから、「ちかる」と言わないように用心しても、それは程なくして瓦解する。
「ちかる」と言わないために「し」に重点を置いて唱えても、同じように「痴」を「し」と言う恐れがある。
理屈としてはこうだが、事実は唱えれば身をもって実感できる(理と事)。

不穏な話題に見えた当記事も、気の利いた私のアイデアでいくらでも変えられることをまた実感した。

ところで、諸君は日記メモをきちんとご覧になっているか?
上に掲載した「最新の~」のリンクの内、8月03日のものがG+で7月に投稿した日記メモのまとめ記事である。
「熱中症に気をつけて」という結び方は社交辞令なのかもしれないが、これまた「落ち着いて」同様に本心で言っているならば、そういった斟酌は無用だ。
なぜなら日記メモ7月29日のものなどにあるよう、私は日々健康に用心しながら生活しており、当該メモでは弟の冷房病の夏風邪を主題としている。
私の言葉に説得性・・・気迫というものを感じないだろうか。
私の生活そのものも日記メモなどに如実に記されているところであるが、そこから「熱中症」の懸念など、普通に読めば起きようもない。

でもまあ、低劣コメント者らがG+日記メモを読んだことが無いのは、大概コメント投稿日時から察しがつこう。
何せ、7月29日投稿の記事に8月4日や5日になって初めてコメントする時点で、当本家ブログさえしっかり読んでいないことは明確だ。
私の文章から滾るような研鑽精神が一分も及んでないために、誰も彼もが低劣なコメントをしてくるわけだが、己が愚を恥じて、もう少し自重を知るべきだ。