横野真史 PC パソコン
本記事序文の顔出し音読→http://www.youtube.com/watch?v=-jBJQDf6-RQ


2016年3月27日に草案を書いて同28日に投稿した本メモ帳の記事にいうWindows 10のノートPC製品が、2016年4月1日16時に到着した(同日の日記メモ・記事末に引用)。

どういう経緯で買われることとなったかは、3月20日の出来事に発端するが、当該記事はそれ以前の経緯をも含めて詳述している。

そのWindows 10の製品に関するスペックも当該記事に触れてあり、気になれば参照されたい。

以下、前置きが少し続く(動画の主題となっている)。 
 

届いた品物(内容物および段ボール箱)の重量は数キログラム程度となろうが、手にした物理的な重みよりも、本体を目にして心が少し重くなってくる。

去る3月28日投稿の記事に「靉靆たる暗雲が重々しく棚引いている、PCを手にする前からモノの重みを覚える」と綴ったが、今、本体を目にしてなお心が重みに圧されてゆく。


私は応供(應供)ではない。私がモノを受けるに適う器なのか。否、そんな観念は捨てよう。モノのために己を卑下するような観念、モノの価値を認める観念を。

私は、ともすると受けたモノの重みに潰されそうになる性質が幼少よりあったのであろう。

人は「ありがとうと言いなさい」と強制するのであろうが、私は誰よりも「ありがたき機会」に深く心を痛めてきた。


仏教徒はいかなる道具にも強く執着しないという点が、唯物論者とは似て非なる点である。

諸行無常、どれほど元気な人も必ず死ぬから、人間に生まれて楽しみを求めるのみではならない。

どれほど美味なる食事も腐敗か消化で臭気を放つから、食品を多く欲張っては人間の品性すら失う。

どれほど優れた道具も性能は落ちるか故障するなど、よほどアナログな道具以外は人の一生より長く維持することは難しいから、また同様にこだわるだけ儚い。


唯物論者は寧ろ道具の性能にはこだわり、どのような執着を持たないかといえば、「大事な人の形見」だとか、自分が使用してきた経緯による愛着だとか、実体のない心の執着であり、それを捨てる。

だから、唯物論的で合理主義的な現代人は、その道具がまだ性能を有しているのに、「使えないから、もっと新しいもの・もっと性能のよいものがほしい」と合理的かつ恣意的な価値判断をすれば容易く捨てられる。

何か思い入れがあったり年季の入った家具なども「古くなった・粗大ゴミ」として捨てるに難くないが、これを突き進めば都市開発や近代化の邪魔になる文化財の建築物を徹底的に破壊する国家や行政である。
 

仏教徒が道具の性能を追求しすぎない姿勢を持つのに対し、唯物論者のようでは、金さえあれば飽くなしに便利な道具を求め続け、壊れれば結果論、捨ててまた買えばよいという思考回路がある。

無論、この原理があるからこそ近代文明の科学や技術の発展を遂げてきたのであるが、それがまた人々に欲望と殺気を駆り立てて国際社会に破壊と殺戮の魔道を歩ませてきた。

こう見れば「モノの執着・観念を断つ」といっても、意味が逆転しかねない。




本体の外見だが、先の3月28日の記事にいうよう、当10機と7機の液晶モニタの比較が出来た。

今のところ10機の非光沢液晶の自然な使用時には大きな不自然も違和感もなく、長短の実感もないが、意識して比較すれば、肌触りが大きく異なっていると明白である。

やはり乱反射によって光沢を押さえる特性上、肌触りはザラザラだが、スベスベ系である。

話は変わるが、近頃は光沢を押さえてツヤツヤ感を無くする志向が世界的に見られる。

まず、当10機・7機だけでも、この液晶モニタの視覚的・触覚的な相違点を挙げられるのみならず、視覚的・触覚的な相違点はボディ全体にもいえる(液晶モニタはたまたまであり志向とは別件)。

ボディ全体とは、閉じた状態の表も裏も、開いた内側の各部に至るプラスチック素材全体であり、そのは7機と10機で先のような光沢の有無であるとか、触感の相応の違いがある。


高級感あるザラザラとは、木目・布目(紙の繊維状)のようである。

「白ければ清潔で、黒は土や炭や汚物を想起させるから汚い」とは限らないように、ツヤツヤのピカピカが必ず清潔で好印象という心理ではなくなったのであろうか。

白は色の汚れが目立ち、黒はどんな色であっても薄ければ白~灰色に見える汚れが残り、ツヤツヤは手垢・皮脂が付けば目立ちやすく、ザラザラでは不満足と、人によろうか。

ツヤツヤに傷つかばザラつき、ザラザラの面すられてツヤを帯ぶ。

どちらかが完璧に印象の面で優れていると断じることは不可能であるが、世間においてザラザラ志向が高まりつつある傾向ばかりは否定できない。


光沢や派手な陰影を嫌う傾向として「フラットデザイン」といった言葉に代表される近年の流行が見られる(二次三次相対互換の理論の記事で述べた絵柄の古風と今風を決する要素にも似る)。

Googleのロゴなどはその典型例で、昔はツヤツヤでメタリックに、形状は躍動感を演出していたが、今はそういった光彩のクセを減殺し、平坦なフォントの形状で簡素化した。

類例は数限りなし、今は繁多を忌避す。




PCのキーボードを使用していると、タッチパッドに右手の親指根元の膨らみが当たるため、カーソルが動いたり、クリックの反応も起きれば入力箇所がズレるなどの問題もある。

これについては使用者が手を浮かせるなどの注意によって緩和されようが、本来は機構の設計でこの問題が解決される。

例えば、当10機キーボードは右側に電卓配列テンキーが備わる。

本来そのようなテンキーを備えるキーボードのノートPCは、タッチパッドの位置が左寄りとなるものではないかと思い至った。

このPCは最初、弟や母のWin8機よりは比較的真ん中のほうに配置されているため、好印象もあったが、実際に使用すると、左寄りがなぜ合理設計であるか、体感する思いである。

キーボードの理想的な手の構え方として、凸部つきのFに左人差し指、Jに右人差し指を添えて構えるものだが(私は実践しない)、そう構えるとやはりタッチパッドに右手が接近している。

ノートパソコン タッチパッド 左寄り 中央 親指
 

この親指根元の膨らみが当たる問題の解決法は、そのPCを購入した以上、使用者の注意のみしかない。

一方で、今後メーカーができる解決法、否すでにしていようが、タッチパッドをそのまま左にズラして備えるか、タッチパッドを左軸に狭めるか、タッチパッド自体を備えないか、またテンキーを上掲の図のように除外してそれ以外のキーの幅を取るかのいずれかとなる。




バックアップ作業は、画像・音楽・動画のファイルのほか、便利なソフトの設定がしっかり移せるようソフトごとの工夫を図った。

複数のソフトにおいては、先にインストーラーで最新バージョンや過去のバージョンを10機にインストールしつつ、7機の同ソフトの内容ファイルを移動した。

一応インストールという形を実行してレジストリ内やユーザー名/Appdataフォルダ下やスタートメニュー上に、ソフトの枠を設けておきたい考えから、このような手間をかける。


私は日々、MIDIファイルと専用のプレーヤー類で音楽を聴いたり、作曲したデータをwavなどの音声データに変換を行う(過去の音楽動画などの多くが関連する)が、Timidity++本体 (timw32g), Putzlowitschs Vista-MIDIMapper (PLWMidiMap.cpl)の基本的な導入には小難あれ、結果的に望ましい状態となった。

だが、本体ソフト以外でTimidity++の再生を司るドライバー"Timidity++ Driver"の方に問題があり、DominoTMIDI PlayerMAM Playerといった、MIDIデバイスを使用したソフトでTimidity++ Driverを選択しても、その音が鳴らない。

そもそもの来歴として、Timidity++の音をそれら別ソフト群で再生するには2012年の5~8月にかけ、苦労した経緯がある。

弟のWindows 8機に、私の7機と同水準の導入をしたときは少しの苦労で済んだが、音の鳴りようなどは7機のほうが耳に慣れているため、当10機においてもメイン作曲はあまり視野に入れず従来の7機で一定維持する考えもあったが、やはり10機でも同水準に整備したく思う。


Timidity++ Driverの本体はSysWOW64フォルダに入る"timiditydrv.dll"であろうか。

先の「複数のソフト」に対して施したことは、Program Files及び同 (x86)内のフォルダのみであるから、この事実に気づいてはさっそく同SysWOW64内の同ファイルにも施したが、験なし。

このような事態なので作曲にしても鑑賞にしても今後不便を伴なおうが、音楽の創作活動自体は可能であるから、テスト出力のwavファイルを日本時間4月2日19時ころにSoundCloudへアップロード、Timidity++ Driverとは関係ないが7機で出力した楽曲音声による音楽動画を日本時間4月5日15時台にYT音楽chにアップロードするなどのアクティビティがある。


※Timidity++ Driver問題の解決は記事末に掲載する4月8日の日記メモ引用文を参照されたい。




Google ChromeのGoogleアカウント同期による拡張機能やブックマークやパスワードなどのインポートは、甚だ便利に思う(ファビコン感染現象の被害もそのまま移行した)。

ここに苦労を伴わない分、他の作業でも苦労を厭ったり、他の作業で手数を落とすなど緩慢になりかねないから、心を蕩かされぬよう用心せねばならない。
アカウントを同期した直後はまだ変化はないが、時間経過で自ずと反映されている(その瞬間は見逃している)。


一部拡張機能の詳細な設定などはインポートされない(目録データを基として単純な再インストールをしているか?)ため、こればかりは手動でデータを移す必要がある。

その例としては、"AdBlock Plus"の自作フィルタだとか、"ニコ動履歴"の履歴データ・タグ除外設定などであり、エクスポート機能を用意されているものも多いから、そうしてデータを生成して直に移す。


余談: Chromeテーマに関する4月4日に起きた問題




当10機の製品であっても、最初からウイルスバスターだとか○○ソフトオフィスなどの体験版や、とあるオーディオデバイスの管理ソフトがプリインストールされている。

それらは起動と同時にメッセージを出すような挙動があり、いわゆるスタートアップが有効の状態にある。

Windows 8 (8.1?)以降のOSはタスクマネージャーのデザインが著しく異なっているが、このタスクマネージャー内でスタートアップの取捨選択ができる(従来は「システム構成"msconfig"」で)。

「体験版始めろー!」と叫んでばかりで煩わしくとも、ソフト自体はアンインストールしたくない場合、このタスクマネージャーの「スタートアップ」タブから個別に無効を選んで口を閉じさせよう。




4月2日に入ってからも必要なソフトのインストールや7機からの移行が続いた。

そのうちの一つについて当日6時台の投稿動画(限定公開)を示す。




当10機に内蔵されるWebカメラとマイクによって撮影した2本の映像を繋げた動画であるが、撮影の際に後ろで7機も起動させたままであるから、荒れたファンの音も音声に入っている。

音声は本体を叩くなどして、ステレオで入っていることは聴き取れよう。

動画中0:20で2本目の映像に変わる。

2本の映像は640x 360のwmvファイルとしてLive Movie Makerの機能で撮り、同ソフトで編集して繋げた(映像・音声ともクロスフェード)。

同ソフトの大元となるWindows EssentialsはWindows 8, 8.1, 10などに初期搭載されないため、去る2014年に8.1を導入した弟PCと同様に自発的に導入する必要がある。


この最新PCはACアダプターのプラグにアースが付いていることとは別に、PCのACアダプターを一つの挿入箇所に並存させるわけにはいかないから、「譲り合い」の分担をしている。

一つの挿入箇所、挿入口が2つ付く箇所に定格電力だかを超えそうな配線をしたところで、実際に漏電などの事故が起こるかはともかく、こうするだけでも少しは安心ができるため、そうする。

※このような配線方法が同日11時台に小さく災いした記録が後掲日記メモにある。




私的Windows 10レビュー


初めに断ると、今回届いた製品そのものは良いと思うので、Windows10というOSのレビューは別の話として読まれたい。


Windows 10ではOS付属ソフト(プリインストールのソフトウェア)が刷新されているが、従来のあらゆるソフトも含めて一様に「アプリ」と呼称している(この呼称自体は8や8.1からある)。

アプリだとかという呼称は、何とも隔世の感を覚えるが、Windows 10自体はあのWindows 8のようなタッチ操作を軸としたタブレット端末調の悪辣なUIではない。

Windows 8・・・ハードのメーカーもユーザーのニーズも、未だその段階に至らずしてその画一性を前提としたOSを強制させる革新を顛倒した過ちを、誰もが憤り、悲しんだ。

何でもタブレット端末だとかのスマートなデバイスに画一化させようとするメディア・ブルジョワジー(造語)の人々には呆れてしまう。

そういう全体主義的メディア思想は、「革命家スティーブ・ジョブズの精霊が率いるApple社」の製品のみでよい(AppleはまだOSというソフトに対応するハードを自社で作っているから理に適う)から、もっと自由と多様性の尊重をMicrosoftには守ってもらいたいと、Windows 8リリース前の2011・12年の時はここまで具体的な語彙を用いずとも、そう思っていた。


Windows 8に関する問題性の話題はさておく。

Win8乃至10のアプリとして刷新されたソフト群に関して私が詳述せずとも、既にインターネットにある情報を見れば足りそうだが、一応は私が作業の中で気づいた・気になった点を述べる。


例えば、推奨されるブラウザとして"Microsoft Edge"という名称のアプリがある。

従来のInternet Explorerもプリインストールされてはいるが、存在感が無くなった(すべてのアプリ>Windows アクセサリからIEを初回起動した際、MSNトップともう1ページのタブ2つが開かれたが異様に表示時間がかかった)。

MSのブラウザは、積年のChrome似せ経験を極めてなおChrome似を強めつつ、徹底的なシンプル化も兼ねており、少しの寂しさと不親切さを覚えた。

つい6年前までのツールバーベタベタブラウザたるIEの価値はどこへ消えたのであろうか。

10機到着後の一連の作業の中で、未だに○○ツールバーのインストールを推奨するインストーラーがあったが、それらは実質何の意味もなくなった。

Chromeの真似をしてくっつけた右クリック翻訳機能などを除外するなど簡略化の徹底のみならず、タブブラウザとしての操作性や利便性をも欠けば、「シンプル顛倒」と言わざるを得ない。

一例として、異ブラウザのリンクやエクスプローラーのファイル(jpgもmp3もmidもpdfも)をドラッグ&ドロップしても認識しない。

プログラマーとしての挑戦だとか冒険ではなく、致命的な欠点まみれの蛮勇である。

ちょうど、例を尽くした説明のあるページを見たのでクリックして参照されたい。

趨勢絶対迎合主義のMS狂信者以外のMS信者に残されたIEという選択肢が、微かな救いの光明となる。


世界中の大手企業から個人の趣味まで、プログラミング界隈は顛倒と退廃の地に落ちているから、今後改善されるかどうか、強権的になったMicrosoftには淡い期待すら持ち難い。

事実、件のリンク先ページで2015年9月に挙げ尽くされた例の改善が、2016年4月の今日にも一つとして改善を見ない様相である。

件のリンク先ページが紹介したフィードバック機能も、形式のみのようでMSの開発者らに何ら効果を与えていなかろうから、やはり顛倒(形式のみの無駄な機能をくっつけ)と退廃(ユーザーの呻吟通じず)を思う。

なお改めて念を押す、顛倒と退廃の地に落ちたるはMSばかりにあらぬぞと。


ほか、動画ファイルや音楽ファイルの再生はWindows Media Playerが定番であったが、やはりWindows 10で登場した「アプリ」が推奨される。

動画ファイルは「映画 & テレビ」という名称のアプリで、音楽ファイルは「Groove ミュージック」という見慣れない名称(XBOX Musicという名称のサービスの後身であり同名のアプリ)のアプリである。

どちらも、エクスプローラーから任意のファイルをダブルクリックするなどして起動した場合、すぐ起ち上がってくれるようなので無難には思う。

ただ、当然MS EdgeとIEの関係と同様に、件の2種アプリもあればMSPも一応はプリインストールされている。


だが、後者「Groove ミュージック」は曲一覧という無造作の画面が常に表示されるという点が、従来のWMPと著しく異なり、使用するうちにこの問題を意識してきた。

エクスプローラーのようなフォルダごとの表示は当然できないから表示件数が多い上に、近年のデザイン嗜好らしく無駄な余白が多すぎてページが間延びするが、気にしなければ無難である。

曲一覧ではなく、アルバム表示にしても何かmp3ファイルについたアーティスト名などID3タグから無造作に表示するが、ポピュラーな音楽の収集(Microsoftストアの販売促進を意図か)のみしているユーザー以外には奇怪でしかない(これはWMPも類似する)。

エクスプローラーから選んだファイルを再生する場合、アルバム表示などの状態のままだと再度再生ボタンなどが反応しなくなり、リピート再生ができない。

曲一覧から再生した場合次の曲が、リピートオンであってもオフであっても勝手に再生される。

ここまで異常な仕様でありながら、自由な設定変更もできないため、Grooveアプリはごく一部の層以外に、WMPへの優位性がない。

WMPでも無造作なアルバム表示だか何かiTunesもどきの表示はできるが、それを無理強いし、更に無駄な要素を強化した「便利顛倒」の残念なアプリと思う。

単純なプレーヤー機能のみで十分なのに、Appleに対抗した音楽商売をより普及させたくてWindows 10からはiTunesもどきの仮プレーヤーを実装したのであろう。




利用のテストをした・確認の起動をした付属アプリ (試行順)


Cortana "Microsoft Edge" "Groove ミュージック" "映画 & テレビ" フォト "ボイス レコーダー" "3D Builder" ストア Xbox (および同梱のソリティア "Solitaire") マップ カレンダー 天気  OneDrive OneNote


・・・半角スペースの付与の徹底が英語圏の企業らしい。

"新しい Office を始めよう" "モバイル コンパニオン"の2つは特にそのようだが、しかもこの2つは特に私ができることは無いアプリであった(ことに前者は独立アプリの必要があるか疑う)。


GrooveアプリがiTunesに似るように、XboxアプリはSteamと画面が似ている(個人的にSteamは2011年に某・洋TPSの3作目の体験版を利用する際にダウンロードしたが色々煩わしく思ったため触りだけ試してアンインストールした経験がある)。

同梱のソリティア、"Microsoft Solitaire Collection"を少々プレイした。

ソリティアといっても5種類のトランプゲームができる。

そのほかデイリーチャレンジなどもあり、いずれも何らかの動作で実績の解除(PS, XBOX実機、Steamにも同様の機能がある)がされる。

カレンダーアプリにアカウント追加&ログイン(当方はGoogleアカウント)をすると、自動でメールアプリに もアカウント追加&ログインがされている。
そして、このネットアクセスの際は、IEのシステムでアクセスされる(一押しであるEdgeでないことに驚き)。
その証拠に、ある日の12時23分にこのアカウント追加&ログイン作業をしたが、同じ12時23分付けとしてメールボックス(Gmail)に『「Internet Explorer」(Windows)からの新しいログイン』というメールが届けられている。





2016年4月中の日記メモより抜粋 (小類聚)


4月1日の引用

16時14分、佐川のワゴン車(バン)で配達があり、1Fリビングの母が受け取った。また雨が降っているから、母から渡された箱は少し濡れていた。この配達物であり3月28日メモ帳投稿記事に言うPCの写真撮影・初期設定・バックアップ導入などの作業ほか、種々の問題に関して色々と当たる時間が流れた。18時30分台になって日課である勤行の時間的・精神的な余裕ができたので、これに当たった。やはり、PCで音楽(ソフト・音源など)やゲームなどによる動作確認での成功から僅かな安堵を得るよりも、不安を離れた普段の日常に帰ることでより安堵を得る。勤行は安楽行ではないが、御本尊の相貌に正対して安堵を得る。


ところで、本日は件のPCの到着までは眠さが強く、横になっている時間が多かった。やはり心身が集中する作業があるだけで意識の顕在性が違う。とはいえ、元々の眠さによってミスこそなくとも能率が好調ではないように感じる。勤行の終わった後で母親が作業の進捗について尋ねてきたため、無線LANルーターの設定に関して長年の悩みであるネットワークセキュリティキーの表示の所在を求めた。母親から2階の部屋の案内で、LANルーター内部のステッカー部分を提示されたので11桁の数字を携帯電話にメモした。ちなみに私は、携帯作曲の譜面整理などで作曲サイトのサーバとIDの取り引きをする上で、常日頃10桁の数字に触れている。ほか、細かい作業などは別途記事を設けて詳述しようか。


4月2日の引用

11時30分ころ、Win10機関連の作業中、Win7機のバッテリー残量が30%台あるように見えるも、嫌な予感がして念のためコンセントを抜き替えようと思ったが、案の定プラグに手をかけた瞬間、内部の動きが落ちるクキィーンォォンという小気味良く気味の悪い音の後にファンの動きも止まり、ディスプレイは電源が落ちるという明らかな強制終了の醜態であった。今までバックアップ作業から離れてたまたま再開しだせばにこうなることは不条理である。それを恐れた用心深い私の策は虚しかった。作業の只中のUSBメモリや7機のHDDなどに問題は発生しなかった。無因無策無禍根で道理に遠いPCの顛末である。そのようにUSBメモリの問題などないはずで、バックアップ作業の再再開も終えて暫し、他のデータも移そうと再度差し込んだら、スキャンだ修復だ云々とメッセージが出た。画面に従うも、結果は「異常ナシ、使用可能」であり、またも無意味、さすがはキチガイPCである。


10機であっても困った事態は幾度かあろうが、かなり困惑した問題が18時台に起きた。とある不要ファイルの始末を巡り、何らかのプロセスの作動が原因で削除ができないそうだから、タスクマネージャーの当該プロセス"** ** *"何たらを終了した途端、画面が消えて即座にブルーの画面となり、「○○しています **%」と変わった。これを待って通常の終了画面に入っても今度は更新プログラムと待たされ、再起動が始まっても更新プログラムの適用だかに待たされた。実に待ち時間は18時50分から19時0分に渡った。事後に検索したが、当該プロセスはOSのシステムの基礎ではない。前日に自分でインストールしたソフトの末端でしかないが、それがどう関与せよ、終了しただけで失神するとは頼りなく思う。なお、7機では更新プログラムという束縛を2015年中(当7機の記録では6月12日が最終確認日時)に解除した経緯がある。だから今年の3月頃まで、Windows 7, 8.1を搭載するPCで10へのアップグレードを求めるアラートが出現するという現象には遭遇せず、噂で初めて知った。


4月8日の引用
当Win10機購入初日から改善を見ない問題調査や対応に当たる中 (単なる生活記録のため中略) この問題に関しては11時前にようやく改善へと至った。誤インストールにより、Timidity++ Driverを利用した再生ができず、ドライブから直接/timidityのフォルダなどを消しても別のフォルダに残留するためアンインストールしたくもコントロールパネルのリストに無い。今回の解決策を具体的に書けば、まず/timidityの直下にアンインストーラーを発見したため、これを実行し、ドライブに当該フォルダが残留すれば直に削除する。続いて再インストールする場合は適切なインストーラーを選ぶ。日本語2008年版のインストーラー (TiMidity-CVS081206_setup_JPN.exe)が一番適切なようだからこれをダウンロードしてインストールする。Dominoなどの外部ソフトで"Timidity++ Driver"をMIDI-OUTデバイスに指定して再生確認をすれば、しっかりと音(デフォルトのA320U.sf2)が再生された。後は好みで設定をいじったり、必要なサウンドフォントを入れておけばよい。問題が解決したとは書くが、TMIDI PlayerではなぜかTimidity++ Driverの音が鳴らないままなので、同ソフトで当面は別のドライバー(CoolSoft VirtualMIDISynth)を代用する。





最近のメモ帳更新一覧
2月18日 http://lesbophilia.blogspot.com/2016/02/blog-post.html

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4月04日 http://lesbophilia.blogspot.com/2016/04/plus-march-2016.html


反映予定の音楽館記事→http://deathmetal.blog.jp/arc/Apr-05-2016.html

最新投稿動画
本家ブログの放置期間の長さにより、掲載期間も長いから載せきれない。
ついては、各チャンネルの動画ページを参照されたい。
音楽ch→http://www.youtube.com/channel/UCVq01Rk7UXuaCoeO1vufJDg/videos
日記ch→http://www.youtube.com/channel/UCz_SlJWsMdrmH490SLr2-ug/videos

おすすめは、当記事本文中でもリンクされている音楽動画3種である。
日記チャンネル投稿で注目すべきは、また機械の話となるが、2016年1月26日に母がドコモのショップで母・弟向けのスマートフォンを購入したことに際して私が実際に試用した動画2種であろう。
母の購入の日やそれ以後の経過などは、2016年1月末の日記メモだとか2月中など随所に書かれて動画説明文にも丁寧に引かれている。
当ブログ熱心な読者や、そうでなくても賢い者は、すぐ確認できることと思う、いな熱心な読者ならば当然ここで言われずともご存知であろう。

あっ、そんな読者いなかったな。空虚な妄想。。。
ここまで読み飛ばした人以外、この文章を読むこともなさそうだし。
もしここまで読み飛ばした人の中に、心があれば、この文言を見た今からでもしっかりと読み直してほしく思う。



投稿日の雑記 
たまたま前日に、普段見ない分野のブログ(当ブログと同じdoorblog.jpドメイン)を知ったので、興味本位で読んだ。
何でもないきっかけで、見ない分野のブログに目を付けることは、私の性格からして通常はあり得ない。
これは何かの縁であろうか、本記事の説法パート(および動画)と合わせてそのブログのとある記事を読むと、極めて深いものを感じてしまう。kigaru略24943292.html


やはり、そっち系のグッズは当然お金がかかろうが、職人技が効いている製品であるから、門外漢たる私の予想だにしない金額のようである。
実物のサイズも、50cm(?)とのことであれば、人間の赤ちゃんサイズ(実は自分の新生児体長が50cm説)であるし、そのようなものであろうが、しかも服装など多彩なオプションにも次々に資金を投じる。
それらの金額を捻出して相応の満足感や幸福感を得られるならば、そのような人生もきっと天界の喜び(さながら忉利天)で楽しめよう、そのような人々がまた、世間に必要の存在とまで私は尊重する。
しかし、私が入るべき道ではないし、私が成るべき存在でもない。
是の如き念をまた、確固とするに、一見お色気のあるサイトも食わず嫌いをせずに読んでゆけば、また覚ることがあろうと再認識する。




後の時の追記
日記メモで度々「無因無策無禍根(無殘禍)」と綴りながら、当Win10機の異常の記録を取ったことがある。
2016年7月22日9月22日の日記メモなどは画像が付いている。