scan a4 スキャン 紙面

今回の掲載範囲は、3月7日と5月5日の2度スキャンしたA4紙面(scanned15.png)では2016年2月10日~5月4日となり、PC描きでは3月~5月一部を含む。
今回記事の掲載画像枚数は、前々回の記事と同じ23枚となる。
トップ画像右下のものは、紙面当該期間中の絵(4月15日以降)を用いて塗りのテストをした状態を示している。
背景を真っ赤にして基本の線を青くしたが、工夫したレイヤー設定の記録である。
次回の記事で、完成品の掲載や工夫の説明などが出来ればよいと思う。

まずは前回と同じく、紙面の絵よりも先にPCマウス描き(およびノートPC備え付けタッチパッド)の絵を載せる。
例の如く、MSペイントによるメモ絵の線画が多いが、前回記事などに予告した通り、今回の記事ではそれに限らなくなる。
前回記事の冒頭にあるハード・ソフトの現状を再掲する。
ハードとしては、Windows 10のノートPCが届いた4月中に3年ほど使用してきたマウスの接続不良が顕著となり、4月下旬はついに操作不能となったため、同ノートPCに備え付けられたタッチパッドのみ用いる。
ソフトとしては、4月5日、同Win10機に未だ描画ソフトを独自に導入していないため、Win7機の時に使用した"Pixia"ではなく、"AzPainter2"(いずれも無料)を導入し、以後はこれに満足して使用を継続している(同ソフトでの作品の一部は既に動画上で公開されている12)。



20160303
まず2016年3月3日・7日・11日・20日・24日という、全て3月中の絵を一枚に収めた画像を載せる。
例の如く、赤い文字で日付が描かれるほか、捉えられるおおよその範囲を赤い線で区切った。
それぞれの説明は省きたいが、少し書くと、3月3日の「五兒二老」は当日の午後に家の前に見えた人通りをメモ絵にしている。
ほかに人物の顔を描いてあるものは、私のイメージに依っているものと、模写のようなものもあるが、いずれも特徴の異なりが見える。
イメージ通りとは、なっていない。


azpainter2 azpainter 2 azp2 明るい色ほど透明に
2016年4月5日に近所の某所で撮った風景写真の空の色などを変えたい。
Win10機にはMSペイントがプリインストールされていても、まだPixiaなどの描画ソフト(ペイントツール)を特別には導入していないので、この際、別の新しいソフトを試そうと考え、一つの機能「明るい色ほど透明に」を求めて"AzPainter2"を利用する。
元々気になるソフトではあったが、大したきっかけもないと手を出せない性格から、スルーしてきた経緯がある。

最初の起動前から、DLしたzipファイルのサイズの軽量さに驚いていたが、起動後には目当ての機能を試して更に驚きがあった(ある人いわく「目から鱗」)。 
その機能を使い、同じレイヤーの複製で4・5個重ね、複数のレイヤーにおいて感覚で適切な色塗りを行う。 
この便利な機能を使って大まかに塗ったらば、細部はいつもMSペイントを利用する調子で調整する。 
色々とすべき作業が溜まっていながら、20分ほど没頭(心配通り右目が充血)して写真着色の作業を続けた。
最初のテストで粗雑とはいえ、それなりに期待に副う出来栄えである(画像では右半分ほどに手を加えていない)。
これを別の画像編集ソフトで、全体および細部の色調をいじった。

某サイト
4月30日には当日投稿の音楽動画に素材として使用した。 
右の絵は、ご存知の通り、過去記事でも公開した自作イラスト(GB素材)である。
思えば、2014年2015年も、春にはその年に撮った桜の写真を使った音楽動画を投稿してきている。


20160429 豊葦原 葦原 叢雲 高峰 神武天皇 何妨聖造 日本書紀
4月29日、まず人物を描いた。
後々に文字を加え、5月22日には背景のようなものを描き加え、その日に作った別バージョンと共にYouTubeでの投稿動画に使用した。
人物にせよ背景にせよ、9割がた自分の想像に任せてある。

人物は神武天皇(イメージ)であり、並べた文章や語句で、より印象付けている。
顔が少し黒人っぽく、また現代らしいテイストが強い。
服装は、一応こうしておき、勾玉みたいなものが垂れた首飾りを着けている。
いわゆる着物みたいな衣服は時代が下ってから中国の王侯貴族のナリの影響を受けたと思う私であり、実際、弥生・古墳時代の日本では一枚の幅広い布を結び合わせたTシャツ・トレーナー・スウェットのような服を着ていたが、神武天皇の御代(歴史学や考古学では架空・縄文原始人扱いか)においては不明である。
水墨画ライクなこの背景のイメージは「私が思う日本の原風景」であり、その実は「葦原・叢雲・高峰(あしのはら・むらがるくも・たかきみね)」である。
 
MSペイントに、先述のマウスの接続不良・使用不能のため、ノートパソコン備え付けのタッチパッドでパパッと描いた。
マウスがあれば、もっと楽であったろう。
マウスの有無による出来栄えの優劣に関しては述べない。
今ある道具で、いくらでも努力してゆける。



ほか、5月20日の日記メモにもPCで描いた絵を掲載している。






scanned
ここで紙面の絵に移ってゆこう。
まず、2016年2月10日~5月4日に渡って描かれた紙面全体画像である。
今回の紙面全体画像こそは、前回のものと比べてモザイクが細かくなっている。
そのサイズは、前回のモザイク1個分のおよそ70~80%と見られる。


我道無礙
2月10日の22時20分~40分過ぎまでに2つのメモ絵を描いたが、その経緯を記録した文章が2月11日の日記メモに載っている(19時台就寝も眠れず一度30分ほど眠った22時過ぎに一旦起きた等の記述)。
まず2月10日のメモ絵の1つ目については、某サイト楽曲(個人管理識別番号: 562)の個人的なイメージを描いたものだが、画像の通りモザイクを掛けた。
風景の中に一人、人物がいるわけだが、人物はどういう恰好でいるか記憶にないか、そもそも大した想像をしなかったかもしれない。
風景に関してはオブジェクトごとに名称を記入してある。

2月10日メモ絵の2つ目については、脇にメモした「我道無礙(訓読: 我が道は無礙なり・我が道に礙無し)」の文字を消し、別途油性ペンで描いた文字を合成した。
看板の向きと人物の移動方向は水平でないように思え、イメージ通りの修正をする場合、こういった点も踏まえる必要を感じた(双方の向きを合わせる)。
ちなみに、人物はいつもの子であり、前回記事に言う「障礙(しょうげ)」の名を持つが、この絵を描くにあたって私の内心にその名を確立させた。


建築様式 風情
こちらの画像は、左下の絵が2月20日20時半のメモ絵らしい。
見ての通り何らかの建築物であるが、これは当時建設中(2016年6月竣工とされて住人の引っ越しも行われた)のK邸の様子から連想した。
左下および上段の絵はそれぞれ同じものを描いた(日付は別)。
上段の絵の右側部分は2階に相当する空間が手つかずである。
右下には、パースか何かを正したメモが描かれてある。
※美術の「パース」は遠近法(3次元を2次元に投影する技法)を意味する"perspective"の省略形である。建築界隈で「パース」と言うと「完成予想図」を意味し、英語で"architectural rendering or illustration"を意味するが、英語圏ではその用法で"perspective"と言わない。

昭和期の狭小住宅っぽく見えるかもしれないが、私はある程度江戸時代の街並みをイメージしていた。
ドアは洋式なのか引き戸なのかといえば、書き直した上段の絵が後者であるので、最初から後者として、隣に窓があり、この内側には窯などが置かれていよう。
軒は横に伸びているが、別の建物と連なる想定であることは「パースか何かを正したメモ」の通りである(先述の「上段の絵の右側部分」とする部分は別の建物ではないから「別の建物」は新たに描く必要がある、あれれ本来のイメージは手前側にも道があって建物なんか建たないはずではないか・・・見る人には紛らわしい話)。
昭和と言っても時代が広いので、もう少し限定すれば、高度経済成長期以後に多いスプロール住宅地の小路(?)に入ったところに建っている、住宅であろう。



2月26日(上2つ)と2月27日(下1つ)の絵は、またも某サイト楽曲(個人管理識別番号: 299)の個人的なイメージを描いたメモ絵である。
この「某サイト楽曲(個人管理識別番号: 299)」は本来別のイメージもあったが、ここでは、当時別に浮かんだイメージを描いた。
2月27日の絵は2月26日の絵を補って描いたものだが、主に目つきが異なっている。
髪型や服装を塗ったものが中間の2月26日の絵であり、下の2月27日の絵はいつも通り目の色しか塗っていないものとなるが、服装に関する脇メモは「スク水じゃないよ」とある(そうとすれば何であろうか?)。

一番上の背景+人物の原案については脇メモに「屋外の謎の回廊(洋)」とある。
「洋」に念を押してあるが、少し見間違えると和風に見える可能性もあるからであり、もっと言えばどこかの公園か庭園のようでもあり、「回廊」とされる構造物はモダンである。
更に脇メモで「新交通か三セクの高架線路」とも記しており、私が以前住んでいた地域の某沿線には高架線路と林が接触するこの絵と似たような風景もあるため、そう記した。
情景としては「眩い月明かりで明るい夜」と記すが、諸君は感じられたか?


てゐ
2月27日、情報を列記する「某サイト楽曲(個人管理識別番号: 299)の個人的なイメージ(先の絵に対して本来のもの)・人物は某作品のキャラ・全体像のメモ絵が右下に描かれる(建物の屋根の上にいる)・人物の頭から垂れ下がる耳のようなものは薄らと描くのみ・右上は顔の置き換え案」


kgy
同じく2月27日、情報を列記する「某サイト楽曲(個人管理識別番号: 161または565)の個人的なイメージ・人物は某作品のキャラ・人物の顔は某作品の設定に関連してもう少し過去記事にいう"うさぎ"っぽさを出してもよかった、この場合は2006年ころのアレみたい(例として目つきや髪形などが普段の私と書き方を違えてある)」
・・・同日の先例と似たような背景を浮かべているが、今度は屋根の上でなく、もっと高い場所かもしれない。


不浄観説法
3月5日、いつもの子であるが、右のモザイク範囲には色々とセリフが綴られる。
左の線は髪の毛なのか、別の何らかの表現を想定しているかは不明である。
PCでの加工・修正にあたり、目の位置と輪郭の矯正や、指の長さを変えたりした。
指の長さを変えるにあたり、指間を意図的に開いてもみたが、元のイメージに適うかは曖昧であり、本来は指の付け根の関節で手を折っていたイメージであるならば、元通りの指間を閉じて遠近法を意識した長さのまま、立体感を出すべきであったろう。


修正 gif
こちらは修正のポイントを抑えたアニメーションGIFである。
最初のコマが1秒、最後のコマが2秒で、中間はみな0.3秒にした。
このアニメーションGIFも、この絵の一連の加工・修正も、7月5日に行った。


一點之禿在頭頂
3月25日、「顯求道相圖(訓読: 求道の相を顕すの図)」と名付ける自画像を描いた(立派な題名を付けるのだから完全版のようなものを描いてみたくも思う)。
脇メモには、このほか「一點之禿在頭頂・頭頂一點之禿」と書かれる。
学術的メモ帳の「類聚7」に、それらの脇メモのモザイクが掛からず、カットもされていないものを載せている。

この「圖」に関連したメモ(脇メモではない・今年中に書いたがこの圖より先か後かも判然としない)→今真史様が日本乃至一閻浮提に類を見難き長髪を得たまいしことは、幼少より不便(ふびん)なる頭頂左方の頭皮損失が悪相かえって吉兆の内証として顕されました。長髪美においても完全無欠は実現すべからぬ道理を色相にて顕され、まことに値い難く、有り難く、眼福と法悦の至極にて御座います。
写真: 201602091557


端坐行學圖
3月26日には「端坐行學圖」と名付ける自画像を描いた。
先のものと違い、ほとんどの髪は色を塗らなかった。
顔つきは、だいぶお兄さんのようにもなっているが、「ウホッ!」な感じにも見えるし、少し昔の深夜アニメの一部男性キャラに多そうな、むさい(?)印象もある。
脇メモにはこのほか「鬢つき」と書かれるが、その鬢より左側の髪を隔てた空白箇所は「耳」らしいものの、正体不明・判別不能の状態である。
写真: 201603211551


マヨネーズ娘
4月15日、よくある「ロリのマヨネーズ娘」っぽい人物を大きめに描き、右には小さめに「古典的マヨネーズ娘」という人物を描いた。
左モザイクは正面向き・しゃがんでいる姿を描いたメモ絵であり、本来のポーズ案はそちらである。
「マヨネーズ娘」という呼称は、私の印象から導いた隠語である。
古典的マヨネーズ娘はやや目が大きいリアル系であり、前髪は中央で左右に分けるか、全て上げて留める。
現代でも西洋人、白人は素が綺麗で可愛いかもしれないのに、日本人の感性ではガッカリというか、ビミョーに感じてしまう理由は、髪型に大きい要因があると2011・12年ころに気付いた(無論、目の周りや口紅などのメイクにも影響はあるが、ここでは論外)。

現代の日本の女子らは適度な長さに前髪をカットして下ろしているが、西洋人の女性らはかなり伸ばした前髪を常時中央から左右に分けるか、全てワックスで上げるなどし、額をビロ~ンと見せつけている(男性的なショートヘアの人も多いが、ここでは論外)。
私から美的に云々しないが、少なくとも、その豪快なインパクトを日本のヤングたちは敬遠しやすい。
逆に西洋人らは、前髪が額や目にかかると煩わしくて真似をしたくなかろう。
この2011・12年ころ、同時に、日本好き(取りも直さず中韓などアジア好き)の白人らは前髪を日本人の感性にも受容される雰囲気にしている事実に気付いた、というよりは、その気付きありきで先述の気付きがあろう。
更に同時に、日本のアニメや漫画の特に萌え系などで、「なんか違う白人」の美少女キャラクターが多いと思える点も、この理論が適用される(リアル西洋人の前髪と比べて日本の白人美少女キャラクターの前髪は日本人の感性に適うよう成立している)。
もっとも、日本人美少女(美男子)キャラクターであっても、リアル日本のティーンエイジャーらはアイドル系(男女不問)でもなければ、結局みんな(以下略)。


全身
続いて、4月15日に60%ほど描き、同25日に30%ほど描き、5月以降に最後の筆を加えて紙での描画を終えた線画であるが、描かれた人物はいつもの子である。
5月5日11時ころにこれをスキャンし、その日から、玉を磨くような思いで手間ひまをかけてPCでの線画加工を行った。
以下がその工程となる(当日に投稿した動画の説明文から引用)。

1. 紙に書いた絵をスキャンする … 私の描き道具は専らシャープペンシルであるが、シャープペンシルのみを用いる場合は相応に工夫して描かねばならない
2. PCの画像編集ソフトで色調を整え、簡素な線画処理などを行う
3. 様々なパーツの位置や形状を整えたり、残留する点を多少除く
4. 下書きの線を消す (動画中では3~4に当たる比較をしていない)
5. 最後に3の延長の処理を続けて仕上げる (上下を並列にして同時に映像化した・コマ20枚分の動き)

3や5における主要な変更点
頭部の弧・両手・左目・靴などの形状の調整
鼻・右腕などの位置
見える左手の指の本数
その他、全体的に微細な部位の調整がある。

線画の加工処理における使用ソフト (上記の番号と対応)
MSペイント (1, 2, 3, 4, 5)
PhotoScape (2, 5)
AzPainter2 (3, 5)
 
"5"までの工程はスキャンした5月5日当日に収まるものの、"5"の段階の作業は、翌日以後もしばらく続けることとなった。
2016年4月下旬、3年ほど使ってきたマウスの接続不良が高じて反応も無くなったため、当Win10機のタッチパッドのみで調整作業を行った。
作品の完成を夢想してもよいが、このような苦難に当たり続ける忍耐も面白い。
そもそも道具上の制約が多すぎて、良い作品の完成を期待することは詮無く思うが、プリンター複合機のスキャナーはありがたいし、苦労の辛酸は甚だ味わい深い。
全身、ことに目が疲れ、肩は凝り、腰は痛むも、製作物への愛着は一入ではないか。
作業が続く5月7日には体調不良を起こしたりもした。


自画像
4月25日、それまで描きたかった自分の写真(201603291845)を基にして自画像を描いた。
実際よりも顎鬚の量を盛ったが、唇の上の暗い部分は表情に伴う影である。
影の付け方や髪の光沢など、基にしている写真を踏まえている。
この絵は、先の絵に接近して書いてあり、2016年5月5日にSoundCloudで公開した楽曲のアートには一緒に写っている。
また、2016年5月28日にYouTubeで公開した音楽動画のアートにも、別の調整を大々的に加えて使用しており、以下に掲載する。


このアートにおいては、全体を濃淡のある赤色で染めているが、白目の部分は染まらず真っ白であり、レイヤー「乗算」設定によって黒い線画は全て黒いままである。
このアートは、文字の無いバージョンを2016年7月6日のSoundCloud投稿の2回に渡って再利用している。


障礙
5月2日、これは12月28日に描いた絵を1月5日にスキャンして1月23日にPCで加工したもの(掲載記事当該箇所へ移動)を顔のパーツ以外は概ねトレスしたらしい。
元の絵はネクタイの結び目(これも独自変更)からほんの少ししか胴体を描いていないので、ここでは大きく、紙の下辺に接するまで描いた。
本人の左手は、描かぬまま所在不明である。


メモ絵
5月3日に描いたメモ絵3点と、5月4日に描いた「ロリのマヨネーズ娘」を同時に掲載する。
画像内に注釈がある通り、5月4日のマヨ娘は別に掲載しようと思っていたが、位置が接近しているため、この際は同時掲載をした。
まず、5月4日のマヨ娘に食い込んでいるメモ絵は、見ての通り3人がくっついて描かれているが、描かれる人物を端的に書けば「左: 幼女としての子 中: 私 右: 少女としての子」である・・・公開は躊躇ったが、それは他のメモ絵も同様である。
前回記事の通り、この「子」らは内心で「障礙(しょうげ)」と名付けているが、少女の外見と幼女の外見で分かれる場合があり、またボトムスはスカートかズボンか分かれる場合もあるため、ここでは混在させておいた(左ス右ズ)。
同じく躊躇うも、素直に公開した5月3日のメモ絵各種は、特有の淡いピンク色で一部を塗りつぶしてある通り、性的な描写を含んでいる。
ここに描かれる人物は、私自身でも、あの子でもなく、別人を想定している。


suwarusugata
5月4日、「座る姿は何とやら」



5月4日、2月20日の絵の建築様式とはまた少し異なるイメージのメモだが、同じイメージを基にして2度描いた。
左は先であり、小物類も見えるが、この建築の場合は誤りがあるという。
右を後に描いたが、さて右とはどう異なり、また、それがどう正当性を得ているか。
とはいえ、右のものはその相違点と別に、粗雑な部分もあるので、どちらかが絶対的に正しいというわけでもなければ、メモ絵に過ぎないため、完全に正しきっていない。
常に自分のイメージばかりを頼りにしている点もあるため、綺麗な出来栄えとは全く言えない(公開しない方が)。




追記: 2016年7月14日
学術的メモ帳ブログの全画像のURL(リンク)文字列が変化してしまい、既に記事のHTMLに記入されているURL(リンク)では、画像の表示ができなくなっている。
この問題に関しては当日の日記メモにいくらか詳述した。
原因についても記述があり・・・順序のために、原因となる作業の方を先に書いてあるくらいだが、その通り、一種の事故であった。