横野真史 絵 イラスト 動画 自作曲 MIDI 音楽

今回の掲載範囲は、A4紙面が2016年11月4日~11月29日に描いたもの(11月9日・11月30日スキャン)の1枚である(11月30日のオマケも掲載する)。
ノートPC付属タッチパッド描きの絵は、11月中のものを1枚の画像に収めて載せる。
今回も例の通りの段取りで掲載してゆく。

当記事投稿は2017年2月となるが、前年大晦日から本年は10日おきに音楽動画を投稿してきた。
私の絵をはっきりと使用しており、映像の編集が"少し"凝っており、今後も同じような動画を同じようなペースで投稿する予定であるので、ついでに告知した。
※毎記事常設・末尾の投稿物リンク一覧も参照のこと。



ノートPC ノートパソコン タッチパッド 絵 デジ絵 デジタル絵 デジタルアート
まず、11月中のノートPC付属タッチパッド描きのメモ絵である。
ここに掲載するものは11月1・2・4・17・28日の絵である。
11月4日のメモ絵(うち下)は、同日中に紙で描き直してある。
表情の考察のメモ絵(10個ほど)など「瑣末」の印象があるものは載せないでおいた。



紙面1

絵 スキャン紙面 スキャン 紙面
冒頭に記した通り、11月9日と11月30日の2度に渡ってスキャンしたうちの1つで、2016年11月4日~11月30日に絵が描かれた。

舞華さん
11月4日、下方に大きく横たわる人物の絵は、保存楽曲識別番号でいう383の曲を聴いた印象で描いた。
この絵自体を私的な感覚で捉えると「沙羅双樹の下で涅槃しそうな恰好」であるが、元の楽曲の雰囲気に依る背景は抽象的でほのかに幻想的なイメージとなろう。
同一人物のデザインを補うため、その上に2つの絵を別途描いた。
後付けの設定となるが、2012年5月に描いた絵と同一人物であるとみなした。
髪型は、前髪がやや短く、他がとても長くなるという変化が生じているが。

洋ロリ 絵
11月6日、ソ○○○ニーちゃんの絵を2つ描いた。
左を①として描き、右を②として描いた(③・④と続けて描きたかったが②で満足したために②で終わっている)。
同じイメージに基づいて描いたものであるが、①は描いている途中でイメージ通りでないことに気付いて徹底的に元と異なる雰囲気に仕上げ、②はやや元のイメージに似た。

うさぎ ウサギ 耳 道化師
11月8日、ウサギの耳を付けている人物の絵をいくつか描いた。
一番大きいものは、保存楽曲識別番号でいう420の曲のイメージであり、人物と緞帳のようなものを描いた。
メモ絵サイズのもののうち2点は、PCで加工する工程の途中のものを左上の赤い枠の中に入れている。
1種類の人物は過去にも幾度と描いた東方のアレであるが、他の人物は誰かを想定したものでなく、いつもの子に似るも別人として描いた。 
今時は觀萌私記の無分別の法門からいえば、私の心から出た「萌類」の、それ同士に別人も何も無いと思う一面もある(仏界の立場の見解)。

祝さん 祝ちゃん
11月11日、私の髪型や服装を基にして人物の絵を描いた。
絵における髪型の注意点は、ある作品の人物の同じ髪型の表現を参考(ネットで拾った範囲)にした。
よって、詳しい人はある作品を想起する可能性がある。 
左の絵を先に描き、左の絵が中途の時に右の絵を「高速描写」した。
左の絵はPCで頭部の歪みを矯正してある。
右の絵は左手と似て異なる手つきの手を描きたかったが、意欲と自信が足らないために手を描かなかった。 


11月13日、謎の手袋をはめる様子のソ○○○ニーちゃんである。
なぜ「みて・おてて」を隠そうとするか。


他にある11月13・14日のソ○○○ニーちゃんの絵を同時に載せた。
元の紙面と配置を変えた部分もあるが、それ以外は線画処理を簡素に行ったのみで、多めに消し跡やゴミなどを残してある。
たまには、そういった未完成要素を多く残した状態で掲載してもよいかと思う。
2014年などは線画処理をしていないものが大多数を占めていたわけでして。

頬杖 少女 美少女 絵
11月14日、いつもの子が正面向きで頬杖をついた絵を2通り描いた。
この子は、素で頬杖をつくという行状があってはならない設定であるが、絵の印象としては関係ないので、気にせずに描いておいた。
茜色の西日が射す部屋・・・例えば学校の校舎は南向きであり、教室の椅子に座る生徒は西を向くことになるが、ちょうどそういう場所は西日(南西・西南西の日光)を顔に斜めから受けやすい。
そういう状況が一番イメージしやすいかと思う。

ジト目 うつむき
11月14日、まだいつもの子の絵(2点)がある。
 
少女 幼女 同一人物 少年 幼年
11月16日、いつもの子の幼女姿と少女姿を想定して私が同じ服装(むしろ私の所持する服同種のものをこの子らにも着せてきたわけだが・過去記事に詳述済み)を着ている状態で、子らに付き合っている様子を描いた。
これも、出任せで描いたものであって、この子の設定としては相応しくない行状である。
しかし、これは私の心の愛著(あいじゃく)を絵にしたものであり、この子が別に法理を示している。
私の絵の多く、いや世の中の一切の絵は觀萌私記所説の三身観を念頭に置きながら見る、必要があろう。

女児S ゆのちゃん
11月16日、過去記事(まとめて掲載①など)で幾度と名を挙げた「女児S」を描いた。
女児Sというと、このような冬の教室内での服装がイメージに浮かびやすい。
無論、登校時はダウンジャケットのようなものを着ていたりする(マフラーや耳あてなどの防寒具も着ける)わけだが、暖房が効いている教室内ではこれくらいの軽い服装であり、顔は真っ白のような印象と、頬がやや赤い印象などがある。
今の私が再構築した(美化した)印象なのか、実際の記憶なのかは不明である。
萌えの法門の理解では、所詮(詮ずる所は)、実在人物を忠実に浮かべたとしても我が心の所産であるとする。
後の観萌行大要に引かれた「唯心偈」の影響もある。
仮に女児Sを知る他人が私の絵を見て「女児Sを描いたもの」と気付いても、対象に関する理解の偶然の一致ということになる。

顔 胴体 首 検証 絵
11月18日、いつもの子の絵を描いたが、PCでは主に本人左目を矯正した。
顔・首・胴体のバランスにも違和感(図)があり、矯正を図って微調整したが、不完全である。

布施 供養 乳糜 乳粥 敬奉香乳糜
11月19日、読んでいた「佛所行讚(仏所行讃)」のフレーズからイメージし、某サイト活動名義ネタの絵を描いた(結局某サイト活動に用いずにSundarkness関連で用いた)。
フレーズは漢文・五文字の四句の偈であり、左側の絵の人物の周囲に書いてある。
最後の一句を読み下すと「惟(た)だ哀愍を垂れて受けたまえ」であるが、この思惟の「惟(おも-う、おも-んみる等)」という字で「唯」と同じ読み下しは未見であり、疑問を覚えた。
こういう読み下しがあるか、サイト・サイトの元の本が「唯」から誤植したか、判断すべく、まずこういう読み下し方に当たると日本語版Wiktionaryなどに「ただ」という読みが見られ、当10機IMEでも「ただ」の変換で表示された。
また、誤植の線も、既に消えたも同然だが、別の掲載サイトに当たってみても、同じ文字であったため、もはや疑う余地はないので、「惟」でよいこととなる。
そのため、紙にもそのまま書いた。
大正蔵編集者が参照した底本であるとか、訳者・曇無讖さんによる漢訳佛所行讚原本であるとかについては措いてよい問題である。

中央や右側のソ○○○ニーちゃんの髪のリボンは、この角度の場合にこうすべきである、と思ってPCでの作業中に元の状態から描きかえてある。
結び目が、リボンの葉(?)よりも奥に見えるように描きかえてある。
ソ○○○ニーちゃんのセリフ「"いただきます"ゎ?」、「よく噛んで食べてね☆(中身は糜=おかゆだけど)」、いたずらごころが混ざっている。
イデオフォノトピアにいて声を音で発しない子なので、声には出さない。
それにしてもソ○○○ニーちゃんは細いね、だけど元気いっぱい☆
若芽の稚さと力強さを感じさせられる。
これが萌相の義の一端であると思ってよい。
リアル子供も、男女ともに骨格が細くて肉もあまりつかないながらに私よりは体力があるようだが、やはり(三の義における)萌えとは、幼さ(稚さと力強さ)に要点があろう。
植物の芽の意義・観点からそう言うので、あくまでも一端・一面である。
種子の眠れる力を発揮する時が発芽の時であり、赤子にも似る。

ちなみに、この絵の世界観の一端について、この絵を当記事掲載よりも先に利用したYouTubeから引用する。
「描かれた人物は萌報身の報土である萌土の教主、私を偶像化したものと、ソ○○○ニーちゃんの2人です。仮・架空・空想の存在であれば、教理において自由にどこにでも往生させられますので、私とソ○○○ニーちゃんは共演できます。『幻想入り』ですね、常識を超えました。本来はイデオフォノトピアのニンゲンさんと妖精さんだったはずの両者が、仏教(萌え法門)に習合されて萌土の教主と衆生(群萌)という関係に変わったということです。」

跳躍 飛ぶ 跳ぶ 跳ねる ポーズ 絵
11月25日、飛んだ(跳んだ)状態で脚を曲げた子の絵である。
右のものは、目を閉じたバージョンの想像であろうか。
私自身が似たようなポーズを再現した動画(12)を近い時期に2本挙げてある。


11月29日、私は普段20時ころにPCをシャットダウンして寝るが、この日はそのようにPCをシャットダウンするも一旦起き上がって21時台にこの絵を描いた。
ここまで過激にしてしまうと、もう説明することはない。
一つの絵の脇メモには「(モノがアソコに)入っていない」と書いてある。
真ん中の絵が略図であり、左の絵はその顔から胸までのアップである。
いずれも、メモ絵と呼ぶべきだが、思えば今回の紙面の比較的多くがイメージのメモというスタンスであったろうから、小さい絵が多くなっている。
実際の紙で10cmを超すものは、全身を描いたものの中でも11月4日の横臥絵(最長部分で13.1cm)しかない。

オマケ(紙面2?)

鏡花水月

最後、こちらは11月30日の絵(同日中にスキャン)であり、オマケとして掲載する。
食品の紙パッケージの裏面に、油性ペンで音楽のイメージを描いた。
魚の姿は想像で描いたが、種類は想定していない。
風景は川が別の大河に流れ込んでいるか、海に流れ込んでいるようであり、傍に「切り立った崖」のようなものがそびえ立っているが、これも実際の光景では些か有り得ないものであろうか。
絵を囲っている文字類に関しては、モザイクが掛かったものを除いて然程の意味はないと思ってよい。
私の肉筆・文字を見たい人は複数の過去記事(12...)に機会を譲るが、過去動画には直接映した例がある。