音楽的アート

今回の掲載範囲は、A4紙面が2017年9月23日~11月27日に描いたもの(10月6日・11月27日スキャン)の1枚である。
ノートPC付属タッチパッド描きの絵は、10月中のものを1枚の画像に収めて載せる。
今回も例の通りの段取りで掲載してゆく。

さて、当ブログ更新としては3ヶ月が空いた。
タイトル画像内に書かれるよう、音楽動画は本年1月下旬以来、休止中にある。
とはいえ、音楽制作自体を止めたことは無いし、今後も様々な形で自作の音楽を公開する予定である(例: 言語学のレポートにおいて自作の歌を自ら歌った)。


タッチパッド絵
10月中に描いた、ノートPCタッチパッド絵・計4日分である。
10月1日に仏伝を元ネタとしたイメージの絵2・3つ(青紫で大きく塗りつぶされている・脇メモもあったが全て塗りつぶされている)を描き、10月18日に自作ストーリーに関連したイメージの絵2つを描き、10月27日に横顔の絵2つを描き、10月30日に複数の絵を描いた。
いずれもメモ絵であり、このうち10月18日の2つを翌日に紙に描いたので、以後にそれも掲載する。

※10月1日の絵については「釈迦族の難陀尊者」に関する一般的な伝承を参考にした。典拠にはダンマパダアッタカター1-9サウンダラナンダがある。個人的な想定としては「難陀さんの結婚式に『世尊と讃嘆される人物』=釈尊が現れて司祭の婆羅門や新婦(花嫁)や参列者がみな釈尊の威神を受けて拝跪合掌をしだす(左上の領域の絵)。難陀さんと、彼と釈尊の実父である浄飯王(パーリ語でスッドーダナ)さんだけは困惑して佇んでいる(浄飯王はすでに嫡子である釈尊に出家されて王位の後継者に悩んでいたのでまたしても後継者がいなくなることを恐れている)。釈尊が難陀さんをお祝いがてらに式場から連れだして出家させる(門出という名の出家をさせる)」というものである(先に例示した実際の仏伝の内容と恐らく異なる部分がある)。服装が現代的である点については、現代に生きる私の感覚に随って素直に表現した。



紙面

スキャン 紙面 絵 A4
冒頭に記した通り、2017年10月6日と11月27日にスキャンしたもので、9月23日~11月27日の絵が載る。


9月23日、おすわり絵の線画バージョンである(PC加工途中の10月12日時点)。
なお、同日には、この絵のメモ絵(前回記事所載)がある(順序についてはこの紙面で先に少し描いて途中でこのメモ絵を描いて設計の目安にしたと思われる)。

障礙尊者 音楽 イメージ
こちらは色塗りのされた状態となる。
途中の編集過程で、本人左手が披露された。
音楽動画2017年12月10日で、1・2曲目に「白地・桃色水玉(ホワイトバック・ピンクドット)」を用い、3曲目に「桃色背後・白孔(ピンクバック・ホワイトドット)」の差分を用いた。

障礙尊者 障碍尊者 呵責
9月27日、障礙尊者によって放逸・懈怠への呵責があるという。
声聞乗の修行について意識がある人の因縁により、こう出現なさるのだろう。
そのため、右上のメモにあるように「化作善心(化作された善心or善心を化作す)」ともいう。
絵については、先に左を描いて不満足であったため、後に右を描いた。
より右には、表情のメモ絵がある。

1up 171001
10月1日、複数の絵を描いた。
大きい全身絵については、快晴かつ涼しい秋の日(11月ころ)にくつろいでいるとのイメージで描いた。
色塗りの際は、右上の表情のメモ絵のように、直射日光を免れた顔あたりの日影を表現する必要がある。

1up 171011
10月11日、6点のメモ絵を描いた。
左下に70代男性人物を描いたが、かなり髪型も顔つきもイメージと似ない結果となった。

1up 171013
10月13日、横臥状態の絵を裸体で練習した。
後掲・10月29日の絵の女性キャラと同一人物と仮定できる。

1up 171018
10月18日、「障礙尊者と拾主と輸提尼の神通力が発揮されたこと」*のストーリーに沿ったメモ絵である。
イデオフォノトピアの衆萌の日常風景のようであるが、背景では異常事態を表している。
ある理由(力用・理法)によれば、衆萌は気にしないか悪い被害を受けないという結果がある。
障礙尊者の靴裏(靴底)によって空が蔽われているが、地面や右人物の持つ喜悦放光饅頭などが「自のづから発光せり」として、彼らの周囲(および空に広がる靴裏)が暗くならない。
右人物の座のデザインは揺れる椅子(揺り椅子・ロッキングチェア)であるが、複数人が坐れる(座とするできる)普通のベンチに替える案(上部の濃い線のメモ絵)もある。

1up 171019a
10月19日、前のストーリー関連のメモ絵である。
障礙尊者が相対的にとても小さい状態で輸提尼の手の上に乗っている(最も右のメモ絵に輸提尼手と尊者全身の比較を表現)。
左のものは、2017年10月18日のタッチパッド絵に基づいてある。
輸提尼が吹いている、「梵語動詞語根√vā (英語動詞blow)ヴァーっとブローっと」
弱い摩擦音ふーふーでしょ。

1up 171019b
10月19日、「輸提尼はイデオフォノトピアでどう生活する?(輸提尼不思議住處)」*2つめの家のメモ絵を描いた。
同じく2017年10月18日のタッチパッド絵を参考にした。
PCでの加工においては中央の構造物をズラしたほか、全体的に遠近感に倣った調整などの修正をかけた。
そうであっても、人物や建造物ないし各種構造物の位置関係やサイズバランスに問題が残る。

前回記事と同じように、以下へストーリーを引用する。
(前略) 初めは急な丘の半ばで平らな部分に佇む、アルプスにありそうなロフト・煙突付きの1階建ての小さな家だった。尊者は、輸提尼が独身のようなので家や周囲の構造物(法面・階段・柵・巨大な丸太・洞穴など)を誰が作ったか疑問に思い、自ずと輸提尼が「イデオフォノトピアの世諦では自分の神変・神通力による。あなたが住む物質世界の推知が及ぶ所でない。真諦では家が誰の所造でなく全て創始を知り得ない(=家も丘も花も空もみな今ここにあるだけ)」と語った。翌日の二度目は林道を抜けた先で湖沼も近くにある、広いイングリッシュガーデンを兼ねた2階建ての洋館だった。輸提尼に前の家について尋ねると「何のことか?ここが私の家だ」と話されたが、理解できず、それ以上の問いも発しなかった。発しなかった問いとは「前に会った時の出来事はこうだった・広い家に一人で住んでいるか」など。翌日の三度目は針葉樹林の中の粗末な小屋に住んでいた。改めて輸提尼に先の二度の経験を話すと「何のことか?元々ここに住んでいる」と話されたが、理解できず、それ以上の問いも発しなかった。翌日の四度目は「住み処が無い」と話された。野宿なのかと問うと、どこでも眠らず、故に寤寐無しという精霊そのものの不思議な在り方を示された。古今東西、精霊とは縁に触れて神出鬼没する存在である。尊者は信解し、このように知る、「4度に見てきたことは、輸提尼の家がどんなものかと私が多く想像したことの具現だった」と。また「輸提尼に懐いた世俗作品キャラクターのような偶像も、現世の自己も無常である、定まった生活という概念は安逸の中に築かれた虚構ではないか」と。また「人間の生活すら、なおそのようであり、いかに況や我が心をや」と。 (後略)

1up 171019bGIF
こちらは2秒コマ送りで修正過程を見ることができるgifアニメーションである。
③が前掲のものと同じ状態である。
投稿動画2017年12月31日で、私がそれを静止画素材として用いた。
http://www.youtube.com/watch?v=EIb2CfiUCPM

1up 171021
10月21日、音楽(管理楽曲識別番号: 719)のイメージ「春~冬 季節の移り変わり」に合わせてメモ絵を描いた。
拾主の行く先は冬、後(跡)は春であり、拾主の足によって氷の張った水たまりが砕かれている。

1up 171029
10月29日、法師?比丘?上座長老?の話を聴こうとする過去世輸提尼?
脇メモにいわく「法華経・安楽行品には為女人説法不露歯笑とあるがどうだろうか」と。
※経典に依拠するならば、他にパーリ語のニカーヤ経典・漢訳阿含経では、モーリヤパッグナという比丘(男性出家者)が比丘尼(女性出家者)と仲良くしゃべっていると、彼か比丘尼のどちらかが別の比丘から幾度と誹謗を受けたりしたのでその度に諍いが起きたという。モーリヤパッグナさんが特別に釈尊に呼び出されて「せっかく出家したならば異性と過度に親しんではならない・自分の為であれ他人の為であれ絶対に怒りを起こしてはならない・耐え忍びなさい(優しくしてくれる人に対してのみ優しげに振る舞ったり同情して庇うように怒ったりすることは俗人の恩愛の生き方だから出家者は無差別平等の慈悲を持ちなさい)」といった説教を受ける(中部21経Kakacūpamasutta中阿含193・牟犁破群那経。法華経の説と状況が違うかもしれないが)。
左には通肩袈裟?姿の同一人物が描かれているが、風貌が似ない。
人物はいずれもインド北部および以北の中央アジアのように想定される(肌色の明るい人と暗い人の割合がまちまちな地域・日本人のように肌色が変わりやすい)。

尋伺 覚観 vitarka vitakka vicāra
11月3日、右の絵が覚"vitarka"、左の絵が観"vicāra"の偶像表現となる。
瞑想時の精神状態に関する擬人化表現ともいえる。
尋・伺(覚・観の同源異訳語)バージョンを別の子で描く予定もあったが、2018年4月現在、未実行である(尋・伺とは覚・観の同音異義語・同源異訳語だが語句は事物の譬喩的名称であって第一印象や別の語義との咀嚼によって絵としても別のもののように表現できる)。

1up 171107a
11月7日、音楽のイメージに基づいて絵・メモ絵を描いた。
中央右がメインの絵であり、左は関連事項についてのメモ絵である。
2018年1月以後にPCでの加工を始め、右の大きい絵について疑問に思うことがある。
花の茎より下に伸びるものは根のようなものであろうが、それは地面に横たわっているように描写されるか、半透明の地面に根差しているように描写されるか?
元のイメージは思い出せずとも今どうしたいかを決めればよいが、性急に決める必要性も無いので保留する。

1up 171107b
11月7日、音楽のイメージに基づいてメモ絵2つを描いた。
人物の右肩にジャラジャラの飾り(飾緒)があってもよい。
左のメモ絵は、人物の全身が描かれたほか、笛や太鼓のような楽器類が後続している様子が示される。

1up 171108
11月8日、音楽のイメージに基づいてメモ絵を描いた。
足首に「水に浸かる表現の基準」の線を引いた。
線より下の足首や足が、海水に浸かっていることを示す。

1up 171126-27b
11月26・27日、女児Sの絵を描いた。
一番右のものは27日に描かれたものであり、PCでの加工に際して多々微調整をしたが、異なる目つきを試しに描いたので、元のものを左側の空間に控えた。
「左側に控えられた元のもの」よりも、髪型や輪郭などで更なる調整がされてもいる。
この絵を完成形とするには、右に5度回転する必要がある。

1up 171126-27a
11月26・27日、交差点の絵の子・街の子が不愉快・不機嫌な顔をしているイメージで描いたが、画風が元のイメージとかけ離れた。
当記事の多くの画像に言えることとして、2018年4月現在に元のイメージそのものを思い出すことができないものの、「比較的な良し悪し」が想定できる。
描かれた結果自体を受け止めて記事投稿の為の編集を行ってゆく。






最近のメモ帳更新一覧
主要なものを紹介する。
1月10日『仏道修行のための論理、不戯論のための戯論』
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/01/drishti.html

中略2件
2月10日『俗世間の「神さま」と日本・インドの神"deva"とキリスト教の神"deus"の有無論』
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/02/god-kami-deva-deus.html

2月20日『語源考証の試案 日本語における副詞や動詞の複合語構造』
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/02/japanese-verb-adverb-compound.html

中略1件
3月08日『破裂音・破裂有気音が破擦音や摩擦音になる現象 (破擦音化・摩擦音化)』
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/03/fricativization.html

最新投稿動画
3月30日 http://www.youtube.com/watch?v=0Y4UUJ_7XTk
4月04日 http://www.youtube.com/watch?v=oB2Vfnux4is
4月10日 http://www.youtube.com/watch?v=lIQSNxBe2Co

最新音楽動画
1月11日 http://www.youtube.com/watch?v=NSD4tjgmTBQ
1月27日 http://www.youtube.com/watch?v=8P00yIrwZ78