引きこもり ひきこもり 引き籠り 長髪

「医学」の名の下に複数の分野が見られるので、日常生活に関わりの深いものを軸にしてまとめる。
① 栄養学・・・どのような特徴のある食事をどの程度に摂取するか
② 病理学・・・どのような疾患がどう自覚されるか
③ 精神医学・・・食事や自覚症状に対してどう憂慮を起こすか・克服できるか
④ 薬学・・・各分野の見地で分析された状況を鑑みてどのような薬をどの程度に服すべきか

以上の①~④は数字の順序によって当事者=引きこもり(ひきこもり・引き籠り)が自ら分析する(もしくは学者とか慈善団体とか行政とかの人が当事者と接点を持つ場合、当事者に対して分析する)。
今回は、筆者・横野真史(22)が自ら分析しよう。
その前に、引きこもりである私(22)は医療機関にほとんど罹らないことについて述べよう。
この生活において、2012年7月の火傷(やけど・ヤケド)の時現住の愛知県豊橋市に位置する市民病院に罹って初診と1度の通院を行ったのみである。
自発的に医療機関へ通うことは不可能に近い状況であるという点について留意して以下の内容を読むと、現代日本社会における引きこもりの特徴が浮き彫りになると思う。


まず、当記事の趣旨と関連した過去記事を例示する。
筆者の考え方に関する回顧としたい。

2014年7月12日: 引きこもり生活を科学的に分析する学問
https://lesbophilia.blogspot.com/2014/07/blog-post_12.html

抜粋: 近い身分の人たちは同じような生活をする、これがある学問の通説でこれに準拠した研究などをするわけだが、引きこもりに焦点をあてて研究してる人は嘗ていただろうか?

例えば引きこもり生活で一定期間風呂に入らないことは体にどう作用するか(肌荒れや抜け毛になりやすいか、なりづらいか)、どういう食生活や就寝時間・睡眠時間に外出頻度で、これもどう影響があるか(精神衛生面や疫病に対する抗力などが増えるか減るか)など様々な主題が提起される。
ヒキにも自称するだけで実質を伴わないタイプもあるから、混交としてしまいがちになるため、予め明瞭に定義付ければ捉えやすくなる。
その定義に当てはまるヒキを100人ほど集めて(応じる時点でヒキなのか?)健康診断を行って平均的な体調の傾向を見出して・・・

※現在の私は、個性(一個人の特徴・他人ごとの多様性、パーソナリティとか)を重んじているので、「何かの名称による複数人の一括り(画一性)」を出発点に据えた研究は好まない。この意味で、現代学問や私の学究姿勢は個人主義的である。「引きこもりという名称の社会階級または民族集団」の傾向を統計的な客観性に見出そうとすることは望ましくない。引きこもり当事者も、多くは引きこもりの名に民族的アイデンティティを自覚していないであろうし、誰であれ、生活の特徴や引きこもるまでの経緯が人ごとに異なっているのだから。こう書くと、既に研究の前提が破綻しているようでもあるが、とりあえず通念上の引きこもりである私のことを示さねばならない。

2014年10月10日: ニートの新世代「ネイティブニート」を提唱!
http://masashi.doorblog.jp/archives/40633597.html

2014年11月8日: 栄養失調?運動不足?加齢?老衰?日々弱る。
http://masashi.doorblog.jp/archives/41040262.html

2015年1月11日: 俗世との隔絶、幾星霜。 やらなくなって久しい事象について。
http://masashi.doorblog.jp/archives/42150300.html

2015年8月17日: 「引きこもり」について一元的な見方しかできない世間・・・質素な閑居について
https://lesbophilia.blogspot.com/2015/08/blog-post_17.html

2016年2月18日: 性欲は乏しくオナニーせずして2ヶ月、抜こうと思うだけで尿道が痛む私(19)
http://masashi.doorblog.jp/archives/46807012.html

2016年7月10日: 真の健康法の弁証 ~ 既成の健康知識に飽きた現代人へ
https://lesbophilia.blogspot.com/2016/07/the-way-of-true-health-is-within-us.html

2016年9月11日: 横野真史の一日 (2016)
http://masashi.doorblog.jp/archives/48310607.html

2016年9月21日: 生活と仏道 ~ 禅定と智慧が生きる精進の日々
https://lesbophilia.blogspot.com/2016/09/blog-post-20.html





続いて、①~④の順序でこの1年以内の状況を簡潔に述べる。
医学ということは、私が専門的に行うのではなく、読者諸兄が行いたい場合の情報提供として私が当記事のテーマに含めたのみである。
当記事の趣旨はあくまでも私が医学における考察の材料である情報を提供・報告することである。
そこにはいくばくかの自己分析も含まれているが、人文科学の立場を自負する私が俄かに医学の専門知識を取り上げようとしても、おこがましくなろう。
故に、読者諸兄が自由に当記事の情報を検証したり、引きこもりである誰か自身の考察か、引きこもりでない誰かにとっての身近な引きこもりの人物についての医学的な考察の材料として用いればよい。
①~④には英語名称を付記してあり、J-STAGEなどのサイトでそれらのキーワードを検索すれば、何か分野ごとの論文が見られると思うので、興味のある人は探してみるとよい。



① 栄養学"nutrition science; human nutrition"
主食は米系(ご飯・お粥)と油揚げ麺系(袋入りの即席めん・インスタントラーメン)である。
自分で料理して食べることが多く(自室の調理器具などについては過去記事)、母親の「買出し」から数日以内は少量の豚肉・魚・もやし・キノコ類が使われる。
私の飲食や料理の内容は、ほとんど同居する母親の購入物に依存している。
小5から中2まで父親と二人暮らししていた時代(in埼玉)も、2011年4月18日から現在まで母親の家に住む時代(in愛知)も、その保護者たる彼らにはほとんど食品の要望をせずにある(時期により様々な特徴があるので各種資料や記録を参照されたい)。
食物繊維の多いもの(e.g. 海藻類・某シリアル・巷に蔓延する難消化性デキストリン特定保健用食品トクホもとい飲料)だとか、特定の添加物や加工食品(人工着色料やショートニングなど)を含まないものだとかを、その時の好みによって要望するようなことは有り得ない。
油揚げ麺に対するノンフライだとか生麺だとかも、同様である。

後述のように、便秘を意識するためにカフェイン飲料(緑茶やコーヒー)を日頃に飲んで「カフェインパワー」を期待することが多い。
便秘の対症療法として飲む目的性から言うと、カフェイン飲料は、時期により、奏功したり、全く効果が感じられなかったりと、一定でない。
刹那的で即物的な期待である。
物質による何らかの効果・作用には、利用(摂取・吸収など)の継続による「老化現象(鈍麻・鈍化・減衰・減退・飽和・適応とも言える cf. アレルギー克服)」が伴う(ビデオゲームにおいて同じ回復アイテムを何回でも使用するたびに同じ結果が得られることとは正反対)と私は知っているし、それは2016年のブログ記事(1, 2)などに説明されるが、その経験的知識を生かそうとは考えなくなった。

括弧内リンク1より引用: 外形的な手法や物質にこだわると、体がそれに慣れて効果が薄まったり、体の本来の身体的な機能の低下のために常にそれを取り込まないと、心身の維持が困難となることは誰でも知っていよう。
依存症の負のサイクルなど、今どきの子供は学校・教育機関で教わる。

この原理を逆手に取れば、身体の免疫機能の原理となる。
微量のアレルゲンを経口摂取することで、アレルギー物質への耐性がつく可能性もある。
効果の鈍化の原理(マイナス系統)と免疫機能の原理(プラス系統)は人間の身体の善悪二面性=表裏一体であり、進化の賜物である。

薬物中毒はもちろん、多くの薬の常用、カフェインやアルコールも同様であり、広げればすべての食品や含有成分にも微弱ながら、その性質が備わる(摂食量が適正を外れて多ければ満腹感が緩んでいくことは好例)。
俗世間で言われるように、貧しい人(貧困な国民)が過酷な環境でも丈夫で心身とも元気だったり(ただし寿命が短い)、反対に衣食住が調って雑菌・ウイルス・アレルゲンに弱くなったり、心身が緩むとか、時間や金銭に余裕があるうちは慢心して怠けやすくなるとか、こういった方向にも敷衍できる。
与えられるままだと自ら要求・生産・維持するという能力を失う道理と同じ法則は、どこの世界や物事にも敷衍できる。
だから、単なる物質(何の成分・栄養素が何ミリグラム配合されているなどの製品の能書きも)に拘泥するだけでも迷信(科学的民間信仰)じみているのに、効能があればあるほど心身ともに麻痺してしまう悪因となるから、ゆめゆめ注意してほしい。

母親が稀に買い与える品にヨーグルトもある(時期により買出し毎にヨーグルトが買い与えられることもあるがその銘柄はその時期ごとに異なる・詳述しない)。
それも食後短時間で「条件反射の便意(反射的な便意)(日記メモ12)」が発生する補助となるのみで、乳酸菌の類による整腸作用を実感することは少ない。
ヨーグルト摂取のタイミングは何でもよく、空腹時であれ、食後であれ、条件反射の便意に大きく関わらない。
ヨーグルトはプレーンでも甘い味付けでも、条件反射の便意に大きく関わらない。
私にとっての条件反射の便意を引き起こす食品の例は、日記メモによればバナナ(日記メモ2019年1月22日)がある。
これらの食品によって条件反射の便意が引き起こされるには、「欲張りかも」と感じられるほど30分以内に多めに(ヨーグルトでは200g以上、一般的なバナナでは2本以上など)食べることである。
ヨーグルトは酸味の強い食品であり、他の酸っぱい食品であれば醸造酢食品(トマトケチャップ、マヨネーズ、ウスターソース、中濃ソース)などを短い時間で体感的に多い(個体差に任す)ほど摂ることによっても便意を引き起こす。
あまり栄養学的な話題でない・・・、しかも栄養学を妄信することに対する疑義さえ含まれる。

母親が時期によって頻繁に買い与える品にチョコレート菓子(準チョコレート)もある。
これは私の経験からして痒み・ニキビ・毛嚢炎などの皮膚炎を私に与えてくる刺激的な物質が含まれると思われるので、30分間当たりの摂取量は「摂取する者の体型ごとに一定を超すことが無いように食べる」とする。
何の物質が幾ミリグラムである、という詳細な計測は不可能なので、任意のチョコレート材料(e.g. カカオマス)が割合の高めに見える菓子(カカオ比率が高いものに限らないが菓子パン中のチョコレートクリームは水分や脂質の割合が高くて影響が少ない)を「味わう程度の量で食べる」とする。
チョコレート菓子はカフェイン飲料や牛乳などの飲み物を甘く味付けせずに流して飲むとよい(牛乳は乳糖があり口の中に酸が発生するので水を後から少量飲んだりする;ただし2018年10月以来、牛乳が買われなくなっている)。
栄養素の「ご利益」というよりも、何らかの物質の好くない作用の一つを注意している。

以上はこの1年以内の飲食に関する特筆事項である。
2012年9月以降、コンビニなどの小売業の店舗に入ることも無く、商業的に「引きこもり」として生きているので、いくら栄養学の知識があっても、それによる理想の食事の案は「机上の空論」となる。
得られた飲食もとい飲食(おんじき)で満足すべきであるが、後述のように、致死的な性質の便秘(9日以上に及ぶ便秘状態の頻発)を意識すると、なかなか気が気でない。
私が中学生の頃は医学でも法学でも、即物的な知識や社会的な知識など、実用性の高い知識に強い興味を持っていたが、それは引きこもり生活に多く不必要である。
私のような引きこもりは精神修養が重要であることを主張したいが、無論、先述の通り、今の私はその気概を失っている。
万事休す、といった気持ちで2019年2月15日に当記事を書いている。

一人の人間として、精神修養であろうと摂食療法であろうと投薬治療であろうと、分野の隔てなく可能性を模索することは好ましいが、果たしてどこまで実現性が有ろうか?
以後も、そういった重度の引きこもりの人物の身の上を前提として読むとよい。



② 病理学"pathology" (生理学"physiology"とも関連する。対義語であるものは同位概念でもあるため)
便秘の件に関して2015年以降に「日記メモ」において多くの記録を取ってきたし、後で「④ 薬学」の項目にもコーラック系下剤などの薬剤の引用を説明するが、2018年3月1日~2019年1月1日までは比較的快便の状況にあった。
2019年1月から便秘が強まってその月だけでも「9日以上に及ぶ便秘状態が2度」あったと記録され、2月も同様の便秘状態にある。
あんまり「7日以上の便秘」と「少量の排便」とを繰り返して「滞留便」とか「便秘糞」とかを蓄積するならば、私はそのために死ぬことも有り得よう。

2017年12月11日の日記メモに、いわゆる「親知らず(智歯 wisdom tooth)」が生えつつある状態が記録され、これが2019年1月31日の日記メモに口内炎の一因(当時は他にも無関係に不干渉に口唇炎・口唇の炎症が起こっているので区別されるべき)として挙げられている。
これは左上の歯列の最奥に生えている「親知らずの歯」と別の部位との間に挟まった食物により、その奥の口内の粘膜を傷つけると意味する。
2019年2月中の状況を言えば、お粥を食べる頻度を増やし、弱く・遅く・回数を少なく咀嚼して飲み込むような食べ方が多い。
なお、噛み間違いのようなことも、日頃の注意が悪く作用して不可抗力的に発生しているようであるし、普通の人よりもその発生率(危険性など)が高くなっているようでもある。

同じく2019年1月31日の日記メモには、2018年以降に手の指の腫れ・脹れ(cf. 2018年1月2月の日記メモ記事)が顕著になったことを詳述している(リウマチに関連する?要調査)。
それ(2018年の方ではなく2019年1月31日の方)に述べられるよう、冬期に冷たい水に手をさらす行為に限らず、寒い環境下に手だけ空気にさらされて長時間に続くことなどが、原因として考えられる。
2月中は、給湯パネルのスイッチを頻繁にON/OFFを繰り返すとしても温水を可能な限りに利用することで、今冬のエアコン暖房機能利用の積極性と共に、その指の腫れが悪化することが予防できると実証した。
現代文明の生活の利点に甘えることを好まないでいた2017年以前と比べ、今はだいぶ放縦であろう。

thewound

また、2019年1月の日記メモ記事終盤には、「"The wound" 1月10日19時20分の母親帰宅後10分以内に付いた傷」を紹介しており、よくある「かすり傷(擦り傷 scratch)」が想定外にも、遅れて悪化したり、瘡蓋の形成が遅れたり、傷跡の外見が持続したり(2018年2月15日現在)といった状態を、写真と共に記録している。
「想定外」ということは、幼少期に転んで出来た傷などの経験から演繹的に想定された治癒プロセスの速度よりも遅いということである。
引きこもり生活の長期化で、たとえ若年層であっても当事者が形式的な筋力トレーニング(先述の精神修養のような目的から副次的に行われるのではなく筋力の向上や維持自体が目的の腕立て伏せなどの形式が明確な運動を自発的に行うこと)などを欠く場合において、身体の免疫能力や回復機能がどれほど弱まるか・強まるか、生理学的に考察されるべきことがある。

"The wound"と同様に皮膚科に関連しそうな話題は「ニキビ」や「毛嚢炎」や「臀部の腫れ(粉瘤。痔や痔瘻などと区別が不明の時期もあった)」も連想できるが、2018年以降は基本的にそれらの大きな患いや多極的な発生が無い。
皮膚科に関連しない生理学的な話題・生理現象は、「夢精」が散発的である。
どのような症状や現象であれ、経験されたものについて、何かと神経質に気にしてしまう傾向が強まっていることを、私は自覚している。

2019年2月18日の補足: 近頃の私はトイレで排尿をする際に、かなり失禁(尿意に関して禁を失すること)の危機があった。便座に座る(坐る)まで、その尿意を禁じることが維持しづらいということである。この間接原因には日頃にカフェイン飲料を多く取ることが挙げられる。その水分量とカフェインの利尿作用による多量の排尿が高頻度で引き起こされている。本日14時20分台には初めて失禁が発生した。数滴分であり、尿はそれ以前の2時間以内にも多めに排出されていたので、その後のトイレでの排尿において「失禁の時の数滴分の尿」はやや薄い状態であったことを確認した。おもらし・お漏らしの想像が我が身で実現された。今後は一層の警戒(対象は失禁自体のみならずカフェイン摂取など複数)を要す。なお、自室の外は暖房の利いたその室内よりも気温が低くて寒さが尿意を増やし、また精神による忍耐力が弱い昨今では、相乗効果で便座に座るまでの時間に失禁の恐れを増す場合もある。今回の「数滴分の失禁」は、「暖房をオフにして10時間近くが経つ、日中の最高気温が13度という日の14時20分台の自室」であったので、そのような「失禁の恐れを増す場合」は関しない。



③ 精神医学"psychiatry; psychopathology" (もとい精神衛生"mental health")
2015・16年は個人的な宗教研鑽・実践(無宗教・非無宗教の個人主義的仏教徒)によって意気軒高の精神状態でいたが、2017年の途中からリアルでもネットでも「目の毒・退廃的になる事象との遭遇」が重なってしまった。
精神の平衡感覚といえる力が弱まって外的な負の影響を受けやすくなった。
近所や家族の生活音(物音・会話の声・独り言の声・テレビ音声など)を拒む傾向が2018年から強まった。
日記メモに頻繁に記されるように、2015年8月19日から「緩急自在で昼夜・夜昼逆転の生活」を「夜に寝て朝に起きる状態で安定させること」ができていたが、2018年から漸次に崩れてゆき、2019年には完全に崩壊している。
これは行動に関連した側面であって結果的なものである。
自然科学だと、客観性によって物質に原因を求める傾向にあるので、その見地(観点・視座。当記事冒頭でいう視点という語以外ならばなんでもよいが)でも考えてみよう。

小学生の頃の私は「ストレス」という単語を多用していたが、中学生以降は次第に日常的ストレスよりも大きな不安や期待を望む(眺望・展望)ようになったり、平凡な同級生が「ストレス」と軽々しく雑談で用いるようになったため、そのような用法を廃した。
今、この身体に起きた種々の現象を鑑みると、ストレスに関連する物質(e.g. 任意のホルモン?)の作用が様々に現れているとも推定できる。
これが物質的・即物的な見地での考察にあたるが、「ストレス」に関する事象は現代人がセンセーショナルに考える傾向があり、ちゃんとした情報に依拠しないと疑似科学のようなバイアスを掛ける恐れもあるので、ここではこれ以上の詳述を避ける。

ともあれ、小6・中1期に私が医学書を読んで自ら「躁鬱病(陰性とか陽性とか)・統合失調症(精神分裂病)」と診断した(診て断じた)ことは、今の我が身に再考されるべきである。
経緯は色々とあるが、2015年2月1日に投稿したメモ帳ブログ記事では「心理学"psychology"」に関連付けて精神病理学"psychopathology"を説明したこともある。



④ 薬学"pharmacology"
便秘の件に関して2015年以降に「日記メモ」において多くの記録を取ってきた。
この段は薬学の視点による説明をするため、医薬品や医薬品に準ずるもの(サプリメント類)の話を書くべきであり、まずは便秘に関する対症療法としての投薬治療の経緯を示す。
週に2度ほど、1回あたり1・2錠(用量範囲内)のコーラック系の下剤(2015年の途中からはビューラックのみ)を飲む時が多かった。
他には週に2度ほど、1回あたりに3~6錠(用量範囲内)の非刺激性便秘薬を飲む時もあった。
2018年は漸次に快便傾向を得た。
コーラック系の下剤については、2018年3月1日~2019年1月1日までの10ヶ月間は合計で1錠ほど(確認できる記録は2018年8月17日のみ)を飲んだ。
つまり、2018年3月1日以降は下剤や非刺激性便秘薬を飲む習慣が無くなったといえる。
2019年1月から便秘が強まってその月だけでも「9日以上に及ぶ便秘状態が2度」あったと記録され、2月も同様の便秘状態にある。
それであっても個人的に身体の違和感を多く覚えることが無いため、2019年中においては2019年2月15日現在までに下剤を1度のみ飲んだ。

それら下剤や非刺激性便秘薬は母親の所持品から自由に取って飲用された。
引きこもりであって今までの話通りに自由な経済活動が制限されている私は、同居する他人のもらい物で薬(基本的には市販薬のみ)を補わねばならない。
同様に、サプリメントの類も母親の所持品から自由に取って飲用されることがあるが、それらは何か特定の自覚症状や体の悩みに対して大きな利益をもたらすことは無いので、気休めの程度に(プラシーボ効果・偽薬効果を期待して)用いられる。
長時間風呂場に居座る母親と、短髪の弟が住むこの家でのシャンプーの詰め替えとして「花王メリットのうち『時短』を謳う製品=リンス入りシャンプー=シリコン系であるジメチコン等の入ったシャンプー」のみを、母親が買う理由は無かろう(母親当人は使い切りのシャンプー&トリートメントを用いているように見える)。

精神病に関連する薬・薬剤・医薬品は飲用されない(ただし知的障害を持つ弟は恒常的に抗精神病薬を飲用している)。
そういえば、この1年以内に母親は薬剤師に関して2018年4月ころに研修をしたようだが復職をせず、無職状態で芸能界への興味を深めてゆき、芸能事務所のオーディションを受けて合格している(cf. 2019年1月中の日記メモ。特に31日のものとその追記文)。
母親から薬学的な知見をほとんど、この人生で私は教授されないでいる。

2017年6月28日の日記メモの注釈箇所より引用:

母親の「おしっこと汗とうんち」云々を弟に向けて言って怒らせることは、大智度論巻第一・対治悉檀の箇所を想起させる。「不淨觀思惟。於貪欲病中名爲善對治法。於瞋恚病中不名爲善。非對治法。所以者何。觀身過失名不淨觀。若瞋恚人觀過失者。則增益瞋恚火故。(不浄観の思惟は、貪欲病中に於いて名づけて善き対治法と為すも、瞋恚病中に於いて名づけて善と為さず・対治法に非ず。所以は何んとなれば、身の過失を観るを不浄観と名づけ、若し瞋恚の人、過失を観れば則ち瞋恚の火を増益するが故なり。)」つまり、エセ薬剤師・ペーパー薬剤師の母親は、「良薬によって衆生の病を対治する」という仏の良医の徳が無い。仏の良医・医王・薬王という立場の比喩は諸経に見られる。「慈悲大醫王 無上智良藥 療治衆生苦 如何忽遠逝(仏所行讃)」、「如醫善方便 爲治狂子故 實在而言死 無能説虚妄(妙法蓮華経)」



備考: 引きこもり生活を送る人がそのままで可能な医療
現状は民間療法といった代替医療"alternative medicine"ということになる。
拡張された選択肢には、同棲する人から市販薬を受けることなどもある。
ごく一部の人は一過性のケガや病気を抱えた際に、医者の出張か身近な医師免許のある人間を頼るかもしれない(任意の医療機関へ自発的に通院する者はそれが無職であれば単純に無職であって私のような引きこもりとは異なる。たとえ引きこもりでなくとも経済的な事情などで医療機関へかかることのできない人々もいる)。
医療のみならず、健康法なども、外出と出費とを抑えられる範囲で模索することが重要になる。
そこから、増えゆく過疎地における医療・僻地医療や、来るべき大災害の避難や、未曾有の食糧難・飢饉という人類共通の課題について、民間的な処置を考えられるとよい。
宗教的な学習によって安らかに生き・死ぬことについての一種の処世術を知ることも可能である。
引きこもり・隠棲を行う人々は、現代にインターネット、中世に経巻・書物などの利用できる環境がある人々だから、今のうちに可能な手段を講じよう。
個人主義の現代文明において、「その個人で可能な行為」が拡張され、その自由な選択ということが引きこもりをする人の自覚によってもなされる必要がある。

この種の話題に2つの意見・テーゼがある。
一、「現代文明で『人々は』もっと医療に頼ったほうが良い(経済が潤う・医療の発展に資することも多い・医療の拡充を推進して福祉予算も増やすべき)」という意見。
二、「近代的な西洋医療に依存することで『人々は』人間本来の身体機能を衰えさせるし不健康である(高学歴・富裕層は実用的な知識を用いて日頃の健康管理が得意である)」という意見。
引きこもりとしては、特にそれらへ賛否を呈する気はない。
私は、人々の意思で人々の可能な処置があることとその拡張性とを考えたい。

大智度論に説かれる四悉檀・対治悉檀の説も参照されたい。
病とその薬については仏教に種々のたとえ話(譬喩)を見ることができるが、大智度論では修行者が自ら病に適切な修行方法を用いて対治するすべを示す。
現代にインターネットやテレビで、健康法や宗教学習に関する一般論・俗説・風説を見て興味を持てば、それを否定も肯定もせず、インターネットで調べるすべがあること(メディアリテラシー関連)を広く伝えねばならない。
「隗より始めよ」という小規模からできる・インターネットによる学問を、まさに引きこもりが率先して行うべきである。
多少観念的ではあるが、自ら撮った写真の投稿できる人物は、それを行うことで新時代の研究材料・ビッグデータに貢献できよう。



その他の参考文献

2015年から始まる日記メモの文献群。
2017年9月中の日記メモをまとめた記事は、冒頭において、それまでの病気遍歴の片鱗を説明する。

2013年1月7日: 下痢と便秘はどっちが辛い?(どっちがマシ?)
http://masashi.doorblog.jp/archives/21989059.html

2013年1月21日: ビッグマックで胸焼け。マック・マクドの殺傷能力!
http://masashi.doorblog.jp/archives/22531780.html

2014年1月22日: 夜食・夜更かし当たり前!太らない引きこもりのお話。
http://masashi.doorblog.jp/archives/35738168.html

2014年8月1日: 小6~中1期に医学へ関心をもったことの概要 (ただし本文でも参照)
https://lesbophilia.blogspot.com/2014/08/61.html

2014年11月27日: 散歩した日に大量下血&原因考察&その後の処置
http://masashi.doorblog.jp/archives/41505054.html

2015年1月28日: 口内の皮下にて内出血、大きな腫れ~自覚症状と医学的所見
https://lesbophilia.blogspot.com/2015/01/blog-post_28.html

2015年6月14日: 横野真史の食生活と体重 (2015年)
http://masashi.doorblog.jp/archives/44324944.html

2015年7月17日: 豊橋宅における自室の住環境 (音の問題など)
http://masashi.doorblog.jp/archives/44792975.html

2015年8月12日: 食品や液体の熱と口内感覚の鈍磨
https://lesbophilia.blogspot.com/2015/08/blog-post_12.html

2017年12月10日: 釈尊が受けられた最後の供養「スーカラマッダヴァ」の文献学的な考証 (ただし本文でも参照)
https://lesbophilia.blogspot.com/2017/12/sukara-maddava.html






最近のメモ帳更新一覧
2月01日 https://lesbophilia.blogspot.com/2019/02/plus-jan-2019.html
2月03日 https://lesbophilia.blogspot.com/2019/02/omission-of-predicate-with-scenes.html
2月17日 https://lesbophilia.blogspot.com/2019/02/indirect-verbs-in-japanese.html
※集計範囲が広いためにその記事が多すぎるので直近1ヶ月のみを掲載した。他には月別アーカイブを参照。
2018年10月 11月 12月 2019年1月

最新投稿動画
1月12日 https://www.youtube.com/watch?v=LkBG4ohdZiQ
1月20日 https://www.youtube.com/watch?v=aR9D4df4TjM
2月17日 https://www.youtube.com/watch?v=4PLUPzqeDdg
※集計範囲が広いためにその動画が多すぎるので直近1ヶ月のみを掲載した。他には日記チャンネルを参照。

最新音楽動画
ナシ。ただし音楽(器楽と言語学音声学)関連の動画は日記チャンネルに複数投稿された。e.g. 2018年12月5日



当記事に関連する動画が当記事投稿予定時間の後に投稿される予定である。
→された https://www.youtube.com/watch?v=4PLUPzqeDdg
当記事に説明されたような医学関連の事項は、2019年2月中の日記メモまとめ記事にも、多少に取り上げられる予定である。
投稿予定パーマリンク https://lesbophilia.blogspot.com/2019/03/plus-feb-2019.html

今年・2019年は1月1日の「新年・元日記事」を投稿していないでいる。
当記事のトップに掲載された画像は、例年のそれ(2014, 2015, 2016, 2017が当ブログの横野の考えカテゴリに所属)と同じように、筆者・横野真史の全身を写したものをベースとして作られたが、アスペクト比9:16の縦長すぎる画像は平時の記事のトップを飾るに相応しくないので、1:1にした。
その写真(201812231830, ガラケー撮影、PCで色調補正済み)を以下に載せる。

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背後の障子は、2018年11月17日に私が紙(2枚)の張替えをした。
自室の障子については、他のものが2018年10月10日に紙(1枚)の張替えをされており、その作業の様子を映した動画がアップロードされている。