今回の掲載範囲は、A4紙面が2018年11月21日~翌(2019年)2月8日に描いたもの(翌1月31日・3月1日スキャン)と、2018年12月28日~翌(2019年)8月4日に描いたもの(翌1月31日・3月25日・5月7日・8月9日スキャン)の2枚である。
ノートPC付属タッチパッド描きの絵は、2019年1~6月中のものを1枚の画像に収めて載せる。
記事・動画コンテンツを意識して新たに塗った絵なども載せる。
今回も例の通りの段取りで掲載してゆく。

(2020-06-13に範囲分の画像掲載完了)

当記事でも、前回の絵の練習記事と同様に括弧=カッコの新旧の用法が混在する。
旧い用法で半角括弧が標準的であったが、新しい用法で2バイト文字が内容物 (contents) である場合に全角括弧を用い、他の半角括弧は前後に接する記号 (punctuation 約物) 以外の文字の間に半角空白=スペースを付与する。
旧い用法の記述は2019年5月以前に記された、新しい用法の記述は2019年5月以後に記されたと考えられる。


20190308-0622
(2019年)3月8日、5月3日、5月16日、6月22日の絵を1枚の画像に載せた。
画像中の左上から時計回りに、古いものから新しいものが載る。
掲載時に載せ方に迷い、「左上から下に右上へ (top to bottom, left to right; enwiki-oldid=945480185)」という方式で作成した後に、「時計回りに (clockwise from top left; enwiki-oldid=945281150)」という方式で定められた。
解像度は、いずれも掲載のために縮小されていないので、元のサイズ (1640 x 960, モニタの解像度とインチの関係については各々が自身の知る方法で対処されることが決まっている) で表示すると、ウェブページ上でのプレビューのために小さくて読み取れない文字も問題なく読み取れる。



紙面1

scanned 42
冒頭に記した通り、2018年11月21日~翌2月28日の絵を載せ、2018月11月26日と翌(2019年)1月31日と3月1日にスキャンされた紙面である。

1up 181121
11月21日、性的な夢(当日の日記メモは夢が2つあるうちの前1つという。下記に抜粋)に出た牡牛(雄牛)くんの絵である。
性的な夢に出たその牡牛くんを供養(現代的な意味で)するつもりで作った詩がある。
それは「Cupiditas 官能的な牡牛くんが犯した罪の詩」といい、日本語でモーラ数を統一することと「え段」で韻を踏むこととを基本的に行い、しめは詩的なイタリア語歌詞(意味・元ネタはラテン語の格言)である。
おとこは おんなのようにいて
おんなは おとこのようにいて
ろおまの たびじにてみた風景 *1
かわいた すなちのうえのゆめ
ひつじが けがりをされる運命 *2
おうしは けがれたちちをたれた *3
ろおまは いまだみぬそのはて
こなたは あなとりあのかわべ
こぞみた あっしりあのゆうべ
くびきを はずさないでどみね *4
くぴぢた れんでぺるそねちぇけ *5

*1… 現代日本語の単純化された字音でえ段の押韻。「景」の字は、漢音で「けい kei (kē)」。現代中国語Pinyinでは jǐng (jing3)。
*2… 現代日本語の単純化された字音でえ段の押韻。「命」の字は、漢音で「めい mei (mē)」。現代中国語Pinyinでは mìng (ming4)。前の漢字と合わせれば現代中国語 -ing の韻でそろう。
*3… 1モーラ余り=字余りになる。実際の歌では、聴くと分かる通り、音楽的にこの冗長さが効能を持っている。
*4… Domine, ラテン語では"dominus"の呼格 vocative だがイタリア語に無い。オランダ語ではそのまま借用されて"dominee"となり教役者を意味する。
*5… Kupidita, 歌詞: くぴぢた、発音カナ: クピディタ。ラテン語では"cupiditas", イタリア語では"cupidigia", "cupidità"に対応。 rende persone cieche, れーんでぺるそーねちぇーけ。"ー"はイタリア語の強勢アクセント替わりでも可。歌詞の脈絡からイタリア語では定冠詞を付けてLa cupidigia rende le persone cieche. とすべく思う。元ネタのラテン語には定冠詞が無く文法数 (grammatical number) を変えてHomines caecos reddit cupiditas. イタリア語・英語の語順でCupiditas reddit homines caecos. 経緯として、ラテン語の格言としてNLG 166に載る状態から参考にした。なお典拠は Cicero = キケローの紀元前44年 De officiis の1.67 = 1巻67章だ、と16世紀以降言われているようだが、当方の調査ではそこにも同書の全巻にも見られなかった。同じく16世紀の書 De re metallica の1巻に"cupiditas auri aliarumque rerum reddit homines caecos"というパラフレーズが見られた。後で"nisi ipsos caecos redderet cupiditas et avaritia et audacia."という近似フレーズをキケロー著 Pro Sexto Roscio Amerino101章見たWikisource版には見られない。

(2018年11月21日メモから抜粋)1時4分に夢精で起床した。意識的に姿勢を取って手で押さえることをしたので、夢精による被害範囲はパンツのみに留まっている。5時1分からPCをスリープ状態にして惰眠を貪ることを試すと、7時半ころに再び夢精で起床することになった。いづれの時も、夢精より以前から何らかの意識があるし、「稀にある、特に夢が顕在的に見られないで夢精したケース」と異なってはっきりと夢の映像・音声が見られていた。音声は主に音楽の流れる状態が聴かれており、その歌声・歌詞(前1つで日本語や後1つで英語)も具体的に聞き取れて、記憶された(夢のメカニズムに関する仮説からすると「実は聴いたことのある曲・歌」である可能性もある)。前1つの夢の音楽を編曲して某サイトに投稿しようかと思い、本日の2時以降や9時以降にその編曲作業をした。
同日の前1つの夢の音楽の日本語歌詞はどうであったかを記そう。上掲の歌詞と一致するフレーズが冒頭2行のみであった。作曲時には、その一致するフレーズしか記憶が残っていなかったと思われる。

夢(性的な夢)の中での牡牛くんとは、どういうイメージであったか、初めてこの絵をPCで加工する段階にある2019年9月17日現在では、多少のメモから掘り起こす作業が伴った。
当時の印象では全体の印象が絵師I.Y. (I is surname) の2008~2011年のそれに近いとしてメモを残す、そのことに絵本らしさを加えようとしたと思う。


181121 191116 landscape
翌年(2019年)11月16日にこの詩の動画用の風景画を描いた。
これはPCタッチパッド絵として載せるべきでもあるが、ここに載せる。
風景はいかにも「アナトリアの川べ、アッシリアの夕べ」と歌われるオリエント (Orient) ・中近東にありそうなもの(500年以上前のその地域の川辺かつ輸送に使える道路の通るようなところ。植生は川辺らしさ)を表現した。
ただし、直接似せられた風景の場所はなく、私がユーフラテス川 (Euphrates) とかティグリス川 (Tigris) と呼ばれる川を想像しながら描くことにした(実際の2つの川と支流の流域の気候や植生や風景写真を少し調べた)。
構図が地面から80~90度を想定して描いた結果で地面から30~50度に見えるような構図のために、非現実的な特徴も強まっていて作風に合う気がする。
とはいえ、元の夢での現代日本の創作界隈に見るメルヘンな雰囲気とは、かけ離れた。
牡牛くんを2頭も描いており、尻が丸出し状態は普通にセーフのはずだが、動画での公開にはためらうので、カラス1羽(西洋言語の raven, crow に当たるどちらかは不特定)とヤツガシラ1羽(hoopoe, 参考に Upupa epops がある)を描いて当該範囲を覆った(後者は描きながら角度を回転したので回転前のものも右下1/4岩の上にのせた)。

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12月4日、女児Sが白衣(lab coat, white coat)をまとって本人左手に菓子パンを持っている絵を描いた。
2018年5月8日の絵の説明に私は「Sが生存していたらば海外でカレッジライフを送っているのではないか」と綴っているような考えが、この絵でも適用されており、下半身(ボトムス)はジーンズ(デニムのパンツ)にしてある。
靴は、初めにいつもの子と同じものが描かれたが、PCでの加工に際してスニーカーに変えた。
かなりカジュアルでジェンダーレス(ユニセックス)な服装になっている(そしてヒンヌー)。

当ブログ2019年5月17日の記事『過去に「一語一慧 (いちごいちえ)」という企画を考案していた』でこの絵の塗られた状態が、トップ画像の素材として用いられている。
http://masashi.doorblog.jp/archives/53370350.html

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12月4日または12月25日、女児S「ほんのり恥じらい」の表情を描こうとした。
女児Sの顔つきを色々な方法で再現するうち、私が描くリアル系から萌え系 [0–100%] までの中間よりもリアル系 [40%] と分類する(注:数値表記は0–127などを想定して技術分野の真似をする意味が無いし0, 1, 2, 3のように中央値が求めづらいので変えた。虹または波長による色のスペクトルに準えた言い方が政治分野で用いられるが絵の分野では元の概念と紛らわしくなるのでスペクトルと言わないことにした)。
リアル女児Sの顔つきを私の人種プロファイルでいうと、この一年前の2017年12月20日の絵(当時の掲載画像左下)の時に「色白インド人が日本化された」とモザイク範囲の脇メモに記していた。
この絵(中間-リアル系)についてはイタリア人かクルド人だと思っている。
イタリア人?クルド人?イ+ド人??インド人?
ステレオタイプ stereotype や人種差別–レイシズム racism のつもりでなく、経験からの法則化と感性でそう思っている。
当時はモザイク範囲に入れていたが、今はせっかくなので記しておく。
服装について脇メモに「よくあるセーター状態」と記したことは、2016年11月16日の絵の服装に対する比定を示唆する。

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12月15日、従来から街女人(萌集記・街の女人篇の導入)に関して想定された物語のワンシーンを表現しようと、風景・人物のメモ絵を複数個に描いた。
風景については「何らかのテーブルと座席」に関する簡素なメモに描かれる過ぎない(描かれた座席数は2つだが想定では1テーブル:3~5席である)。
これは、ユーロピアンなムード(もしくはアメリカン、欧米にある都市、80・90年代の日本人の憧れっぽいが)のために秋の屋外のカフェテラスとかが想定されているが、屋内のカフェ(喫茶店)でも構わない。
人物については街女人が寛ごうとして利用したカフェの座席の隣(向かい側や斜め方向でも可能)に座ってきた男性と、街女人が描かれる。
このうち、街女人が居心地の悪そうな表情をする絵は、練習程度に2度描いた。
この男性が街女人の隣に座ったことは、その場の座席の少なさで妥協したという事情も良かろうが、彼が「女性を口説き落とそう」という意図ではなく既婚で恐妻家のために家の外では少しでも女性に関する精神的な保養を得たかった、という感じであると想定すれば状況の説明がしやすい。

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12月19日、先のものに関連するメモ絵を描いた。
具体的には、街女人が座席から立ち上がって離れるシーンのために、2つの想定(左: ①, 右下: ②-1, 右上: ②-2)を描いた。

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12月21日、街中で軒を連ねる「おしゃれ(オシャレ・オサレ・スイーツ・ファッション)仕様」の建物のうち、こぢんまりとしたテラス席のあるカフェの外観の案のメモ絵を描いた。
この種の外観を伴った飲食店(カフェ・喫茶店以外にバーやレストランなど飲食店全般)は、けだしフランスやイタリアの大都市の景観に影響されていて個人的に見た街としてはトビリシ(ジョージア)やエレバン(アルメニア)やトラブゾン(トルコ)のような「中近東(西アジア)のヨーロッパを好む国の都市」にも多めに見られた。
日本国内では東京のおしゃれタウンに多く有ってもよさそうながら、必ずしも多くないし、日本国内は大概、フランス・イタリアをはじめイギリス・ドイツのようなヨーロッパ風の景観の街(1つの街路や通りのみも)を作ろうとしても、多くの建物はハリボテかなんちゃって系だったりする。
それでも、飲食店の場合に1階だけを見ていれば、十分、おしゃれタウンの雰囲気を得られるであろう。

私が想像するものはそれなりにおしゃれ仕様が強いため(参考までに2016年7月30日の絵からもおしゃれタウン志向が読み取れる)、可能な限り、そういう外観を表現しようとした。
日本の街中・通り沿いに立つ店舗である場合にテラス席は、よほど歩道が広い状態で歩道に及んで設置されるか、よほど敷地が広くて敷地内に建築面積から割り当てられて設置されることになる(i.e. 色んな意味で日本的でない)。
この絵は12月15・19日のメモ絵の場所と似て非なるもので、色々と描こうと思ったうちの一つに過ぎないことについて留意されたい。
そちらは、もっと広い場所に席が多く置かれている(一種のジョークかと思える状態であって屋外フードコートとも言える)という本来のイメージがある。

なお、ヨーロッパとそれに影響された国において、建物が堅牢な印象(石材で構成されているが効果的に鉄や木材も見られる)のテラス席のある飲食店に関する客層や内装は、ごく大衆的である。
日本の街中でやると、その営業者の志向もはっきりとおしゃれ系の意識を持つために、おしゃれ系の雰囲気がある結果となる。
簡潔に言えば、ヨーロッパでは「ごく大衆的な店舗の『定番の形式(慣習)』」と認識されることが、日本では「ヨーロッパ風の店舗の『素敵な様式』」として行われる。
ヨーロッパのテラス席のある飲食店のテラス席において「座席の数が3・4つであってもテーブルはちょこんとした大きさの場合が多いこと」については、飲み物や簡易な料理を置く程度の目的かと考えてしまう。
ヨーロッパの街並みでそれらは、古くから統一された大きさの建物が軒を連ねるようにあって歩道も広い(現代の車道は後世の法律によるであろうが)場合に、元々古くからの建物の敷地内では座席やテーブルが設置しきれないために機転を利かせて行った便宜的手段であろう。
もしそうであれば、建て替わりの激しくて建物の統一性が少ない現代日本の街中に、あえて取得した土地の建築面積の割合を減らして道路に面した屋外テラス席を設置することは酔狂なことと思われるかもしれないし、仮に先述のヨーロッパの街の事情と同じ現象が何らかの日本の街で飲食店を営む際に発生しても、法律的に公道や他者の持つ道路の歩道に乗り出す屋外テラス席を設置できないと思われる(歩道がいくらか狭くてもヨーロッパや中近東のヨーロッパを好む国の都市はそのような場所で屋外テラス席を設置する状態が普通に見られた)。

1up 190105
(2019年)1月5日、同じイメージによる3回の練習の絵を描いた。
画像中の左上・右上・左下の順序で描かれた。
いわゆるウインク(ウィンク)の表情であるが、生身の人間による行為の様式を反映しようとした。
主に「閉ざされる片目の反対に位置する目が表情の筋肉の構造によって狭められること」である。
「3回目」としたものは、先の「12月4日または12月25日」の絵の人物の顔つきを連想させる。
こちらはリアル人物のモデルがいない(あえて言えば私本人でいる)とはいえ、「私が描くリアル系から萌え系 [0-100%] までの中間よりもリアル系 [40%]」という評価が流用できる。

PCでの加工は色々とあるが、あえてこの紙面ではまだ消しゴムの消し跡が残る問題が視覚的に伝わるように、本来の表現対象のうちで視覚的に特徴的なもの(顔など)以外にある消しゴムの消し跡を、PCでの加工で消去せずに残している。
その点は一つ前の絵(建物の設定で街路を伴う遠近法を含む)と同じである。
1月9–10日から消しゴムを新しいものに変更したが、この詳細は説明しない。

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2月19日、前の絵と同じ人物(いつもの子)がトップレスでいる状態のメモ絵である。
同日中には、当記事で次に掲載する罫線の無い紙面で描き直される。


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2月25日、音楽のイメージ(ラパリジェネントクョ♪)に基づくメモ絵を複数個に描いたが、基本的な人物は3名である。
最下の1点の服装は、制服(ブラウス・ベストまたはブレザー・スカート)に外套(冬物でコート類)を羽織った状態である。
人物の体の前方で鞄(カバン・バッグ)が両手で携えられており、頭には何かしらの帽子(膨らみの大きいキャップ)が被さっている。
3名の上半身は、みな外套の類に覆われていて制服の特徴が定かでない。
外套の色はカーキ色(khakiであって緑系・オリーブ系のkhaki-greenではない)とか明るい灰色(またはベージュ beige)、帽子の色はダークブラウン、制服の色はブラウンやホワイトを基調にしたもの、と想定している。
最下の1点に見られる人物のスカートは、丈が短すぎて冬服とアンバランスに思われそうだが、タイツ(白か黒)が穿かれている、と想定している(長めの靴下でもよいが少し我慢強さが必要)。
スカートの色も上述の通りにブラウン系か、赤系でもよいと思っているが、2・3色を用いたチェック柄(色々なタイプがあるが少し複雑なものがアーティスティックでよい)なども可である。
3名の髪色は、ブラウンやブロンドやシルバーなどになる(誰がどれとなろうか)。

このような制服を着る人物たちが学校に通っているとすれば、フィクション作品だと「お嬢さま学校」で相場が決まっているし、なおかつ周辺環境がオサレ(おしゃれ)タウンであって美観・治安・交通の良さに加えて商店・飲食店・公園が利用しやすい状況が想定される。
それを東京23区内に求めると一部の都心地域(オフィス街が多い千代田区・中央区・港区は考えづらいし世間だと渋谷区や新宿区のような副都心を好みやすい)か、一部の郊外地域(e.g. 世田谷区)が典型的に思われる(他に目黒区や文京区も典型的だが新宿区なども含めて考えると旧東京市15区に一致する部分とそうでない部分とがあるので細かい分別は気にせぬよう)。
多摩地域や神奈川県内に求めてはいけないかと思われそうだが、どうしても23区内にこだわる人であれば、それらとなる。
23区内は、今も街区の雑然とした街や生活感のある下町などが多いし、なんだったらば埼玉・千葉(黒字経営の鉄道路線沿線に開発用地が多い)でも俄かに新興住宅地・学園都市が計画されれば・・・という話はさておく。

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こちらは2020年2月中に行われた暫定的な塗り(ベタ塗りと筆塗りの2種、ほか何らかのファッション的なパターン案を含む)が施された状態の画像である。

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2月26日、2019年2月3日の学術的メモ帳ブログ記事「現代日本語・口語における述語表現の省略 ~ 経緯・場面 (scene) による相対性」にある「お姉ちゃん、お菓子」の話題から、そのセリフの後の場面(scene) 2種類を表現した2つの絵を描いた。
それぞれが当該記事に「前者・後者」として載っている部分に対応している。
話し手だった人物(年下女性)と聞き手だった人物(年上女性)は、言語表現の場面設定として女性同士であり、話し手だった人物は他方を「お姉ちゃん」と呼ぶが、あくまでも漢語「姉」が肉親としての姉妹(one's older sister; elder sister)であるとは限らずに「話者から相対的に年上の女性(an affectionate term of address toward any older woman)」を意味する、この用法である。 ※漢語・漢字として「姐」も参照されたい。「おねえちゃん"onee-chan, onē-chan"」という単語自体、①肉親としての姉妹へ、②年上の女性へ、③若い年齢層や外見の女性へ、④「女史」のような女性の敬称、といった用法があるので注意されたい。「アネキ・姉貴"aneki"」は①・②・④の用法がある。
2つの絵には、1つずつその人物2名が描かれており、彼らの外見も、通念上「女性的・フェミニン」であるように私は描いた。
彼らの髪の色は、「お姉ちゃん、お菓子」の話し手だった人物(年下女性)がダークブラウン、聞き手だった人物(年上女性)がブロンドである・・・、しかし日本語話者と想定すればどちらも黒髪でよかろう。
この場面の前に彼らがどういう行動をしていたかといえば、聞き手だった人物が鞄(ポーチのようなもの)を携えて話し手だった人物の居場所を訪ねていた。

言うまでもなく、通念上「女性的・フェミニン」である外見(先述)を「女性・お姉ちゃん・姉妹」に用いているこの絵は、私の想像の素直な表現でもあるため、アート性 artisticity (辞書に載る用語ではartistry, artisticness)があり、性差別・セクシズム sexism ではない。
ただし、長髪男性の私がする点で、逆説的にその意図が強いともいえる。
性差別批判は、世間で商業的利益を得る者たち・競争原理に基づく社会人らが肝に銘ずべきことであり、無収入・非営利・非商業の創作活動を行う私(脱社会人)における問題性は低い(いつも気にするけど)。

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PCでの加工による変更点が多くあり、差異が大きいものを例示しよう。
1つ目の絵(上に描かれる)で、聞き手だった人物の絵の位置が罫線1行分に低かったので、位置を調整した。
2つ目の絵(下に描かれる)で、話し手だった人物の本人右手(向かい左)に持たれる物は「竹のザル(竹編みの器)」のように見え、明確に描き直し、本人左手に布を持たせた状態を描き加えた。
竹の籠・竹の蓋(素材は他に任意のもの)」として描き直して本人左手にその蓋が持たれることを、PCでの加工に際して考えたが、やめた(大きい籠がその底部が分かりやすい位置に掲げられると当人の胴体や顔が広く隠れる懸念がある)。

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2019年11月19日21時から当記事でのトップ画像(タイトル画像・見出し画像)の整備のために急速に色塗りをした。
この作業はCupiditas 動画に並行して行われた。
上掲画像は私がトップ画像に用いた際のGB素材である。
素材として使用するために、純粋な1色でGB (Green Backdrop, green screen) を構成し、オブジェクト輪郭に1px以上の余白を必要としている。

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2月28日、紙飛行機(紙ヒコーキ)を持つ手の絵1点と、紙飛行機を放った(手から放した・離した)後の人物の絵1点を描いた。
人物自体は2月25日の絵の「最下の1点」と同じであるし、どちらのイメージも「音楽の全体の流れ」の中にある。

2020年3月10日時点のベタ塗り版を以下の記事で公開した。
http://masashi.doorblog.jp/archives/53766634.html

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2月28日、横たわる・横臥する・臥せる(伏せる)人物の絵を描いた。
脇メモに「↓のまま維持するには無理なので、臥せきる途中の状態と認識できる。臥せきった後は仰向けになっていると想定される」と記される。
周囲に小さいメモ絵が4個あるが、1つは他人の容姿であって上体が起き上がっている状態である。



紙面2

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冒頭に記した通り、2018年12月28日~翌(2019年)8月4日の絵を載せ、2019年1月31日と3月25日と5月7日と8月9日にスキャンされた紙面である。

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12月28日、ヨーロッパの内陸都市の景観と人物の絵である。
(2019年)1月10日に左端の建物が追加された。
1月9–10日から消しゴムを新しいものに変更したが、この詳細は説明しない。

3つのチャンネルで投稿された同一の2019-07-18動画 (Sundarkness-Ch公式Ch日記Ch) にはこの絵が用いられている。
2019-08-19記事にこの絵(2019年7月23日時点)を載せた時の説明を引用する:
単純に「花と街並み」をテーマにしたシリーズの一作である。
ただ、この見た目だと「発達する文明の中で感じる孤独感・孤立感・疎外感」といった哀愁のあるテーマによる作品に見えるかもしれない。
美術史では、それが20世紀中(WW2以降に顕著)に見られる。
この絵を現実世界の時代に託すれば近代・・・、19世紀後半や20世紀前半くらいが想定される。

1up 190219s2
(2019年)2月19日、前の紙面の同日の絵と同じ案による絵2点である。
前の紙面の例に同じくいつもの子がトップレスでいる状態の絵1点があり、その後に全裸でいる状態の絵1点も描いた。
「君、男の子でしょ!そんなとこ隠さないでさ、ね!」と言われているかもしれない。
男女を問わず、任意の部位に関して濫りに見せようとしない彼の理由がある。
どのように隠すかに関して、結局、えっちぃのにしたいためか、手前の人物に見えないよう覆う方法よりも、露骨にその部位を触れている方法にした。

2019年5月16日にこの絵のポーズを想定して撮った写真を参照しながら、2020年5月6日にこの絵2点1画像のPC編集を行うと、鋭い角度で曲げられた腕=本人右腕の肩や肘の角度に関しては前の紙面の方が実際の私が行う状態に近いと思われた。
この絵2点1画像では、肩幅を考慮して元の状態と写真とにおける中間的な程度にする。
手の位置と想像上の乳首の位置も、元の状態から低くあることが望まれる。

1up 190313_200430
3月13日、(2018年)12月28日の絵に描かれた人物である。
花は世間で言うアマリリス、厳密にはヒッペアストルム(ヒッペアストラム)属 Hippeastrum の何らかの種 (species) または園芸品種–栽培品種 (cultivar) が描かれた。
この花の個体の状態の想定としては、茎が僅かに黄緑でとても白く、花が全体的に赤いもの(色相サークル–色環 hue circle で言えば、茎が [68°] に当たり、花が [] に当たる;有機物であるそれがその場の通常の日光による明暗の条件で、茎は±20°、花は±10°ほどに異なった部分を持つ)である。
なお、属の全体の傾向として、花が咲いていても暗めの緑色の濃い茎と同じ色の3枚以上の長い葉が同時に見られる場合(品種の特徴なのか生育条件の差なのか不明)が多いので、そうしたい場合はそうしてもよいと思う。

1 ko socitinie190325
3月25日、ノートPC付属タッチパッド絵20161128の案 (脳内での計画) を実現すべく、おひとつ、障礙尊者と輸提尼がセットでいる絵を描いた。
この案に関しては20161128絵そのものと同一でないし、他にも拾主がいる絵のイメージもあり、今回は1点のみを描いたに過ぎない。
PCでの加工において:尊者の右手–画面左の手を大きくしたり、尊者の左手を小さくしたり、描ききられない髪の先端部を加えたり;両者の手いずれも指の生え方をはじめとする形状を修正したり、頭部のサイズを矯正したり、という大きな変更点を伴う線画の修正を行った。
この絵の輸提尼は浮遊している。
余談だが、2002~2003年に出た同一サークルからの同人誌の表紙を見ると、3P (男1, 女2) の性行為のものは表紙の女性2名が共に正面を向いて(カメラ目線)いるが、女性2名ガチ百合のものは表紙の女性2名が互いに向き合っていた。

1up 190409a
4月9日、12月28日や3月13日の絵に描かれた人物が街路を行く様子のメモ絵を描いた。
その人物の表情のメモ絵が2点描かれる。
私がよく存じない竹本某のような80年代っぽさであろうか。

1up 190409b
4月9日、先と同じ人物に別の人物が向き合って互いの手が組まれている様子の絵を描いた。
相互に髪のボリュームが髪質に不相応である。
右の人物の髪のボリュームを減らすべきか、左の人物の髪のボリュームを増やすべきか?
2020年6月12日の加工で、少しだけ右の人物の髪のボリュームを減らし、左の人物の位置をモザイク範囲メモの通り「上に、前に」移動させた。

1up 190503
5月3日、前の紙面の2月26日の絵に「話し手だった人物」として描かれる人物の立ち絵のようなものを描いた。
右上に2点のメモ絵がある。
顔つきに関して、あちらは美しいアジア人っぽさが強かったが、ここでは本来イメージされていた可愛いアジア人っぽさを強調する意図がある。
「~っぽさ」とは、偶像化や客体化を他人の感性に与えるのではなく、私の素直な知覚の表現として、絵でも音楽でもそういう作風解釈の説明を私を好んでいる。
それを好まないという感覚は、多くの場合、何らかの作風解釈において他者が一者の好まない例示をすること(嫌いな国籍や嫌いな作品などの名を出す、または好きなものが悪い対象の例に挙げられるなど)に起因すると思われる。
人は内心、類似性の比較(比量)をよく行っているものだが、学問的に自覚がある場合、あまり好まない気持ちは無くなると思う。
悪意でねじまげられた類似性の比較(一般化、ラベリング、「お前こそ○○だろ!」などの罵声)を見ると、さすがに学者も不快に思うであろうが。

左下にサンダルのディテールが分かるような1点の絵がある。
PCでの加工において、編集前のサンダルの状態も右下の隅に複製して置いた。
その上部に、2020年5月17–21日に「チンポロー」という謎のポーズを同じ人物が取る絵(はじめは落書き–ラクガキのつもりだった)を追加した。
この中の左人物は2月26日の絵の「聞き手だった人物」であるが、「ギャハハ(ワハハも可)」は、単一の人物「アハハ or ハハハ」の音響的輻輳のために「ギャ gya(or ワ wa)」が擬声語的に用いられたと考えられるので、周囲に他の人がいる想定かもしれない。
「チンポロー」は某中学校流出写真を示唆する隠語で2ch なんJ発祥だと私は記憶するが、2013年以降「ンゴ」とか「(迫真)」「(小並感)」のような野球とホモビデオ由来のなんJネタの表現がそれと知らない(と詮索される)女性有名人に使われるなど、この絵に重なるものがある。

1up 190609
6月9日、「説明には余分なるの図」を描いた。
これはメモ帳2019-06-14記事『説明用の図の区分、文字配列図・数式・想像図・概念図(抽出図)・写真』のために描かれた。
「奧感刀(新字体:奥感刀)」とは、「オッカムのかみそり Occam's razor (オッカムの剃刀)」の音写を込めた個人的な漢字表記・名称である。
「奧感」は「おっかん okkan」と現代日本語で読まれるべきだが、字音仮名遣いで「おく+かむ(i.e. おっかむ okkam)」または「あう+かむ」となり、Sino-Japaneseベースの中古音で/ʔok̚ kam/または/ʔaw kam/のようになる。
絵については、人物が「剃刀」とされるものを金槌・ハンマーで鍛える様子を表現した。
絵の人物はオッカムのウィリアム (William of Ockham c. 1287-1347) という神学者をモチーフにしている(かみそり関連人物だけにヒゲが無い。ステングラスなどで伝わる肖像画に依拠)。
顔つきが「お前、ウィリアムだな!」という印象になった。
関係ないが、ウィリアムとはゲルマン祖語から伝わるゲルマン系の名前とされ、ドイツ語ヴィルヘルム Wilhelm (ラテン語ではGulielmus) から推定すると、will + helmのような語源(ヘルムは指小辞ヘルメットと同じように頭の防具。フランク語のような古代のゲルマン系言語からラテン語にもhelmusで借用されたと言われる。ヘルムを望む・・・、または欲望のヘルム。知的な印象か好戦的な印象か判断しづらい。ゲルマン祖語に帰せられる人名の語源は女性イメルダ en:Imeldaマチルダ en:Matildaを含めて好戦的なものが多い)とされている。
背後の文字列"Pluralitas non est ponenda sine necessitate"の発言者は彼であるよりも、彼よりも20年ほど早く生まれたJohannes Duns Scotusされるが、いずれにしても彼に帰せられて認知されるため、その歴史的経緯そのものの表現としてこのイラストがある。
科学哲学などに指示される「オッカムのかみそり」を、「奧感刀」という名の伝家の宝刀のようなものと考えた。

8月7日には、左下にこの絵と関連する絵を描いた。
詳しく言うと、この絵の金づち・金槌・鉄槌・ハンマーについて検証した後に、鍛冶で鉄を叩いて伸ばすor鍛える様子の絵を描いた。

occam ockham
件の2019年6月14日投稿記事には、2019年8月16日に上の画像を掲載した。
2019-08-19記事にも載る。

1up 190803a
8月3日、木漏れ日の下で竹とんぼを飛ばす「お姉さん(先述の通り比較的年上の女性の外見の人物を指す)」と女児1名(イメージでは同年代女児が3人以上その場にいる)を描いたメモ絵である。
2018年11月17日の絵の説明文に言う「当初の案」のうちの1つと関連が深い。
これは鳥瞰の構図であり、当時はそれと、当時の風景画にあるような水平な視点で彼らを遠目に写すものがある。
女児1名については別の角度での表情のメモ絵が左にも描かれる。
このメモ絵からメインの描き直しをする場合は、木漏れ日 (dappled light and shadow, light through trees or leaves) に関して気にすることになる。

1up 190804a
8月4日、某小説からの人物Fl (Pl) の絵1点を描いた。
t.v. 5-8からの描写である。
絵の人物=少女がいる場所は、作中の設定上、一国の王城の塔の最も高い領域であり、そこに軟禁に近い状態で、死を公表できないでいる女王 (her mother) の姿を幻で演じるための魔法を維持しているという。
彼女自身は王女である以上、女王の幻を演じる間は「病に臥している」ということで通っている。
彼女は、国内の闘争が佳境にあるときに大きな役目を果たし、その後に大衆の前に姿を見せて新しい女王になるなど役回りが色々とあり、この絵のシーンはこの人物の動向が表現される最初期に当たる。
塔の最も高い領域は窓などで採光がよい状態にされていて花壇が並べられている(女王が生前に愛していたとして魔法の維持に必要な条件)というので、花を描いた。
この5章は古代エジプトに近代ヨーロッパが混ざったような舞台であるため、気候の条件と人為的に導入される植物(ここでは観葉植物)の栽培可能性・生育可能性を考慮する。
その花には、ガザニア系の花 (genus: Gazania 他のキク科でコスモスなど) を想起して描いた。
5-3によると同じ建物の内部(どちらも窓などで採光がよいという)に「薔薇」と呼ばれる花が咲いているというので、この絵のシーンにおいても薔薇・バラ系の花 (genus: Rosa)にしてもよいか(5-8には色とりどり・甘く香る・薫香という表現がある)。
まあ、ファンタジーな作品の情景に過度な現実性を反映させても問題であるが、一応、このように考えることが先に有り得る(作者にその傾向があると思われるため)。

この絵は、当ブログ2019-08-19記事に2019年8月18日時点の状態で載る。
次の機会に掲載される予定の紙面に、某小説関連の絵が多めに描かれる。






最近のメモ帳更新一覧
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当記事のトップ画像(タイトル画像・見出し画像)に「音楽動画 あり!!」と書いてある吹き出しは、牡牛くんの方から発せられているが、別人物からのものに見えるかもしれない。
牡牛くんであるように、「音楽動画」の正体はCupiditas 動画である。
当記事投稿の21時間後である11月21日20時50分にトップ画像の微修正をした。
その吹き出しの部分的な輪郭付与と、一部字幕のサイズ変更と、人物の外見のマイナーチェンジとである。