横野真史公式ブログ

中卒ニート引きこもり、横野真史の公式ブログ - Sep. 2012 と、丁寧に書いているので、このmeta descriptionが検索結果に表示されるはず。私の名を検索する数万・数億のあなたは、私の文を読んで私の心に通じたろうか。

横野真史公式ブログ

諸学・諸教の妙宝聚「觀萌私記」を披きましょう。
16年11月以降の当ブログ記事では随時に本作の注釈も行っています。他ブログでの例は1, 2, 3

横野の考え

ニートの記号論・記号学で社会正義の程度を判別する

NEET-semiotic-analysis

およそ成人年齢に達した誰もが「肩書の名称(仮名–ラベリング labeling)」を使用することは、それが闘争の道具やファッション的な装飾としてではなく社会正義 (social justice) に基づいて社会で有益に機能することが志向されねばならない。
そこで、私は「ニートの記号論」を説明する。
この目的は学術的であるよりも社会的である(物事の本質的な善悪が無い立場よりも正義感に依拠する)が、学問の知識が基盤になる。
大衆的な導入として幅広い説明がある。
題材は現代日本語に制約される精神的日本国だが、比較のために多言語である:

「ニート」の多義性
本来の意味 (original meaning) と、侮蔑的な意味合い (pejorative/derogative sense) とがある。
後者の意味合い(確たる定義の無いもの)を3つの用法に大別し、概念と名称と指示対象とに関する客体化 (objectification) を考察する。

「ニート」の本来の意味の運用性
"Not in Education, Employment or Training"は実在個人 (real individuals) の仮名であるのみで他に付加される要素は無い。
あれば、それは社会正義のためにのみされねばならない。

「ニート」概念名称が日本の社会正義を試す機能
穢多・非人 (えた・ひにん eta-hinin) という差別 (discrimination) の観念がニート・ひきこもり (NEET-hikikomori) に移行している日本のインターネット(および日本系サブカルチャーの世界展開:英語圏や韓国語圏など)の現状を鑑みる。

備考(分割で投稿する予定の説明)

記事末尾から上げて「あとがき」

参考リンク

『ニートの記号論・記号学で社会正義の程度を判別する』の続きを読む
下の広告は2015年5月1日をもって消えました。

ニートの記号論・記号学と社会正義:備考7項目

NEET-semiotic-analysis

主記事「ニートの記号論・記号学で社会正義の程度を判別する」から分割して投稿する。
備考7項目に加え、主記事に同じ参考リンクを掲載する。

  • 「精神的日本国」 「日本語世界」とは?
  • 1 の用法の「ひきこもり」に対する適用
  • 2 の用法の「ひきこもり」に対する適用
  • 3 の用法の「ひきこもり」に対する適用
  • 学歴議論–論争、高低の定義
  • 不当な一般化–客体化がされた他の単語例
  • 行為と認知的階級の関係性

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引きこもり生活に関する医学的な報告 ~ 栄養学・病理学・精神医学・薬学など

引きこもり ひきこもり 引き籠り 長髪

「医学」の名の下に複数の分野が見られるので、日常生活に関わりの深いものを軸にしてまとめる。
① 栄養学・・・どのような特徴のある食事をどの程度に摂取するか
② 病理学・・・どのような疾患がどう自覚されるか
③ 精神医学・・・食事や自覚症状に対してどう憂慮を起こすか・克服できるか
④ 薬学・・・各分野の見地で分析された状況を鑑みてどのような薬をどの程度に服すべきか

以上の①~④は数字の順序によって当事者=引きこもり(ひきこもり・引き籠り)が自ら分析する(もしくは学者とか慈善団体とか行政とかの人が当事者と接点を持つ場合、当事者に対して分析する)。
今回は、筆者・横野真史(22)が自ら分析しよう。
その前に、引きこもりである私(22)は医療機関にほとんど罹らないことについて述べよう。
この生活において、2012年7月の火傷(やけど・ヤケド)の時現住の愛知県豊橋市に位置する市民病院に罹って初診と1度の通院を行ったのみである。
自発的に医療機関へ通うことは不可能に近い状況であるという点について留意して以下の内容を読むと、現代日本社会における引きこもりの特徴が浮き彫りになると思う。

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図表の画像製作に関する簡素な記録

図表 製作
http://www.youtube.com/watch?v=-ZqIphFlhJg

2018年8月中に、言語学的見解へ理解を深めてもらう目的で、図表・画像2種類を製作した。
table1-1~5.pngとtable2-1~2の計7枚を載せて説明する。
それら2種類の画像は、いずれも自ブログ「横野真史の学術的メモ帳」の記事の記述に随って作られ、以後、そこに載せられた。
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平成29年(皇紀2677年)の新春を寿ぎ奉る

2017 新年

2017年「あけましておめでとうございます」。
毎年恒例、1月1日に予約反映する記事である(例年記事のリンク→2014, 15, 16)。
月日の流れが甚だ早く感じられ、1秒1秒が惜しいというのに1秒1分の物思いを止められない昨今である。
2016年中は、当時の記事に綴ったが如き「道心を堅固に」の精神でいられたか?
私は、高邁な自尊を仏の振る舞いから学び取っているため、例えばアクセス数の減少や、もはや名声を得られない状態があり得ようとも、なんら活動をやめる理由にはならないので、そういったスタンスで今後も活動が続くことを付記する。

さて、私は横野真史名義の活動において「暇だから」といった意識に因って行ったことはなく、事後に「現実逃避」などと邪念を起こすこともなかった。
世間の人がインターネットで活動する際、そのように不純な動機を意識したり、その結果に対する自己評価をしている様子を見かけるが、私は決してその動機を意識せず、背徳的な自己評価をしなかった。
なぜならば、私の活動とは、一つの何らかの意志に随い、その時に応じて種々にされてきたものであり、どうあっても「道」として歩んだ軌跡である。
道草を食っているのではなく、「道そのもの」として歩まれた足跡である。
インターネットの多くの人々を見るに、そういった低劣な自虐(愚癡の心)を発するところ、いみじくも言動が一致した彼らの不純な活動があるとみてよい。

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皇紀2676年の新春を寿ぎ奉る

皇紀2676年 新春を寿ぎ奉る
挨拶動画→https://www.youtube.com/watch?v=ojK8GB3NW7w

謹みて新年を賀するなり。
本年はますます道心を堅固に、菩提心を倍増して、日々に忍辱と研鑽に励む志を高くせねばならない。
創作関係では、早期に傑作を生み出す必要がある。
聖人は死ぬまでに本懐を成就した。
自分はたったの18歳(2016年1月中に19歳となる)であるけれど、「短きが故の奮闘あらん」ことは最近の擬古文・散文の中に見るので、しばし熟読されたい。

12月20日の散文
私は孝子として、父母の魯鈍なるを速やかに度さんがために思惟し、記録し、諫言を繰る。
非人貧道の身で、民衆と国家と世界に最高の忠言をなさんがために、種々の情報を布衍す。
悪業深きの故に、寿命久しからずと雖も、久しからぬ故に、一生を捨つる勇猛心あらんか。
願わくは速やかに本懐を成就せんことを。

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当ブログの投稿ペースを1~2週間一度に落として久しい

更新放置

タイトルの通り、当・本家ブログでは記事の投稿ペースが芳しくないように思えるものの、これは同じくタイトルで「落として」と表現する通り、意図的な側面が強い。
いくつかの過去記事でもこのような話題をしてきたと記憶しているものの、例の如く徒労捜索で、それらしい投稿は本家・メモ帳・日記メモいずれにも無し。
なのでここに改めて記すが、「ペースを落とす」という調節の原理は、2015年に発端する上で、その意思は検索エンジンに関連した思考を根幹として、そこから色々と窺うような案が派生している。
また、種々多々ある話題を本家ブログに無秩序的に投入して、横野真史のパーソナリティに基づいた記事の調和性が乱されるのもいけないと思うから、パーソナリティすなわち私情のネタがメインであるよう集積を図っているし、そちらの話題はメモ帳や、記事ボリュームに欠けば日記メモの形でGoogle+のスペースを借りる。
その日記メモ下では、今月の投稿頻度が振るっており、ついては毎月始反映のメモ帳まとめ記事を待たれたい。
こうして2015年の、アクセス数漸減を続ける(今月はV字回復傾向)異常なブログ情勢の中で、私も呼応した変容を続けていると示す。


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豊橋宅における自室の住環境 (音の問題など)

1

今までにも断片的に多くの記事で触れてきたことと、最近露呈した新たな問題などを整理する。

(後書きを冒頭に!)それにしても、元々どこにいようとそばの他人(家族や同級生など)より劣った環境になることも多いが、家出先の自室まで最初からおかしい上に年々飛躍的に悪化するようでは、どこに住めばよいか。
首の絞めつけが漸次強まる修行を続けているようなものだ。
呼吸をするごとに呼吸の苦しみも増してゆく。
もちろんここを差し置いて他に居場所など無いから、不満を漏らさず住み続けている。
当記事も、活動の根幹の一つ、「記録」に基づいて執筆したのみだ。

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邪師破折のコメント投稿に感激!大いに讃嘆したい

獅子吼 ブログ 破折 コメント

これぞ法悦である、なかなか来られがたい優良な読者だ。
ある種、孤高の立場にある矜持を保ってもいたかったが、やはり一人でも同類が欲しいという孤独さえ感じそうなところに「如渡得船」、渡りに船を得たるが如しだ。
濁世においては有象無象、三障四魔が跳梁跋扈するのは必定といえども、私自身がそれに交わらない故に現世は半ば地獄にも似た空間であって、そこに魔を征伐する光明の化身たる者は無きものと思われた。
然るところ、このようなコメント投稿者が仮に一度きりの出現に終わるとしても、顕れ給うことは稀有・殊勝であり、「盲亀浮木」にも似た、法悦の至りである。
http://masashi.doorblog.jp/archives/42432770.html←記事における2番目のコメント(07月01日)

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横野真史の食生活と体重 (2015年)

46キロ 46.60kg

2014年1月に食生活に関する記事を書き、そこで中学までの簡単な経緯、中1・2期の詳細な鍛錬メニュー等、家出以後の簡単な経緯と、当時の状況を記した。
この当時より、約1年半で食生活がガラッと変わったことは、克明な過去の投稿をもって知れるところだが、改めてその概略を複数点、当記事で挙げていきたい。

前回記事でも体重について少々触れていたが、身長についてはどうか。
私の身長は数年前から自称・約170cmであるが、例えば知的障害の弟が中2の4月の発育測定で計測された数値は172cmであった。
・・・背中を合わせて頭の高さを比べると面白そうだな~、という意味。
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自己紹介
横野真史

横野真史 (アイコンの変遷)
人生5度目の不登校を経て2012年4月に中学卒業後、無職となった。
横野真史、これは本名ではなく命名由来も適当で普通すぎるネーミングか?
非営利の音楽制作(2011-)と絵の練習(2013/09-)をし、仏教・言語(日中印欧の諸古典語)を中心とした研鑽(2014-, 人文科学として2018-)をしている。
文章や映像・音声での、精緻な日記家庭内福祉の報告をしている。
興味がございましたらば、是非、当ブログと学術的メモ帳両方とも御観覧(御足労)をお願い申し上げます☆

このブログについて

動画製作や音楽制作、自分の日常生活を綴ったブログです。 ※2015年以降、「日記メモ」に日記の要素を集約しています。
たまに世間の出来事にも口出しをしています。

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設置は2012年10月。

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