愛知県 岡崎市 豊橋市


一時代を築き上げた徳川家康の出生地である岡崎。
岡崎城があり、城下町として栄えたはず。
ところが近代から現代にかけて「愛知第二の都市は豊橋である」と公言しても誰にも反論されないほど豊橋市の方が成長した。
県内の市制施行順も、名古屋に次ぎ豊橋(1906年)である。岡崎(1916年)は第三である。[1]
歴史的には、豊橋に成長する要素はあまりないはずであり、むしろ岡崎の方が圧倒的大都市になれる可能性があった。

それでは、なぜ豊橋は愛知第二の都市になれたのか。

豊田市は工業面が強く中枢性は低い。
一宮市は名古屋のベットタウン要素が濃い。

豊橋市は人口と政治と経済のバランスがとれており、総評して見ればやはり愛知第二位。
人口376665人(平成22年国勢調査)、人口密度1388人/km2、フォルクスワーゲンの日本本社があり、自動車輸入日本一の豊橋港。
10年以上前までは、一宮も豊田も、豊橋より人口がずっと低かった。
愛知県内の高層ビルも、96年まで豊橋のホテルが高さ一位だった。[2]
なんとも素晴らしき豊橋。

フォルクスワーゲンの社員の一人はこういった。「豊橋は日本の中央である。地理的にみても経済的にみてもだ。」 
そして彼らは豊橋の地に日本法人を設置したのだ。 

外国人比率も高めで、2012年9月には、豊橋のお隣である浜松市の中区千歳町のインド料理店「ラジーズ」でインド人同士の殺人事件が起きたが、直後に豊橋市でもブラジル人同士の殺人事件が起きたというほど、外人多いぜ。
豊橋市は人口376665で16588が外国人(4.4%)。
名古屋は2263894で67414(2.9%)、豊田は421487で14273(3.3%)、一宮と岡崎はもっと少ない。(平成22年12月、愛知県のデータより。集計時期の差は問題外で計算後に端数を除いた)
市町村別外国人の内訳や、外国人登録者数人口比など。
これで一目瞭然、割合高いぜ豊橋!

愛知は三河と尾張に分かれる。
これらは全く別物。三河、特に東三河は尾張よりも静岡の遠江の方が仲良しと思えるほど。
名古屋は尾張、岡崎は西三河、豊橋は東三河である。
遠江には豊橋と仲の良い浜松があるぜ。

近くとも特性の違いが強い県内各3地域。
東三河と遠江で日本第48の都道府県、現存する県では44番目の県になったらいいんじゃないかと言われるほど仲が良いのだ。
豊橋市民である私も、豊橋は割と浜松に依存するところがあるように実感する。
まあ私自身、浜松は東京駅から豊橋駅に来る際、東海道新幹線で1回通り過ぎた程度の関わりしかないのだ・・・

更に歴史的に追究しよう。
豊橋にも城は複数建立されたが、城主がさほど著名な武将でもなく、それでいて大きな影響力もなかった。
岡崎城もある意味似た立場だが、豊橋の人よりも岡崎の松平氏(徳川家康とその親先祖)の方がやはり著名で、影響力も高かった。
城下町だから豊橋は愛知第二へと成長した、と言い切れないのだ。

やっぱり豊橋に成長する要素がない。
豊橋駅なども後発的である。要素に含められない。
"浜松の影響"というほど、浜松は大都会でもないし、豊橋は、、、なぜ。。。



追記:2014年5月22日
思い返すと、三河吉田藩って歴史的に強者だね。
三河吉田藩は、市民にはいわずと知れた豊橋のかつての中心的な藩。
全国様々な街との結びつきがあったっぽい。豊橋が栄える歴史的な根拠。
吉田は、東海道宿場町の吉田宿でもあり、宿場町というのは未来の都市開発のポテンシャルの高さに繋がるし、私が埼玉に住んでたころは中山道宿場町=浦和与野上尾などに住んだこともある(大宮はない)。
「私が住んだ」というほどに栄えているということね。

都市の昼夜間人口比(昼間人口比)については、両市とも市街地に拠点性のある(県庁や地方裁判所の出先機関など)わりに自治体としての広域合併の過去もあるので、100を切っている。
岡崎市 93.06 vs. 豊橋市 97.99
https://web.archive.org/web/20130716155320/https://patmap.jp/CITY/RANK_FULL/00/01/FULL_POP_NOON.html 田田原市、静岡県湖西市はよっぽど100を超えているという意外性があり(新城市、蒲郡市、豊川市は豊橋市より低い)、豊田市は108.03あるので、やはり工業など何らかの産業で豊橋市や岡崎市は周辺都市に取られる分がある(名古屋市や浜松市への遠距離通勤については問題にしない)と理解できる。